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Series.1日本型サービスの背景を伝える

固有文化と密接な関係があり、かつ客が生成に参加する日本のサービスでは、その文化的背景を伝えて客を導く必要があるという。はたして、この方法でグローバル展開は可能なのだろうか。

客の思いを慮りながら、日本の伝統文化を伝える

「我々はお香のメーカーですが、お香というモノを売るのではなく、『1400年もの歴史に裏付けられたお香を、現代生活のなかに組み込むためのご提案』というサービスを売っています」と、松榮堂代表取締役社長・畑正高氏は語る。

松榮堂は、1705年の創業以来、宗教用の薫香や茶席の香木・練香、匂い袋など、香百般を製造・販売してきた。グローバル展開にも積極的で、1897年に対米輸出に成功、1990年にはアメリカコロラド州ボルダーに事務所を設立している。

アメリカ進出のきっかけは、ボルダー在住の客から届いた1枚の手紙だ。そこには「経済不振で疲弊したアメリカをお香で救ってほしい」と書かれていた。宣伝はしない代わりに、要望があれば常に応じていた畑氏は、すぐさまローズやラベンダーなどの輸出用のお香を持参した。ところが、その客が欲していたのは、日本人が日常使う線香だった。

「驚きました。さらに『こんなnatural(ナチュラル)な香りはアメリカにはない』と言われたのは衝撃でした。それまで『雅』や『敬虔』など、香りを語る形容詞は多く持っていましたが、『自然な』という観点はなかったからです」(畑氏)。

おりしも、コロラド州のデンバー空港の国際ハブ空港化が決まっていたことや、紹介してもらったコロラド州の経済局長と意気投合したこともあって、畑氏はボルダーに事務所を開設することを決めた。

「海外にも、お香の価値を理解してくれる人がいるならば、それに応えたい。また、異文化と出合うことは、商品を見直す機会になると思ったのです」(畑氏)

とはいえ、多品種少量生産のお香は専門的な説明が必要で、しかも日本国内であっても宗教的なイメージが先行するため、客の抱く既成概念に配慮した対応が求められる。これが、文化の異なる海外となれば、説明にもさらなる工夫が必要だ。

「アメリカ人に、『Incense(インセンス)』の会社だと説明すると、新約聖書にでてくる乳香や喫煙後の消臭剤をイメージして、それ以上話を聞こうとしない。でも、『香(Koh)』と日本語で言うと関心を寄せてきます」(畑氏)。また、源氏物語に登場する「香」と説明すると、興味を示す人が少なからずいるという。

「国内、海外を問わず、お客さまの既成概念に支配されない出合いの場をつくりたいと思っています。まずは、お香文化の扉をたたいてもらうこと。そして、お香の世界にさらに一歩踏み込んでもらえるようにすることが、我々の役割だと思っています」(畑氏) 

中程度のグローバル化を目指す

松榮堂は、現在、アメリカでもメールオーダーを中心に顧客の数を増やしている。「しかし、松榮堂は、ハンバーガーチェーンやスーパーマーケットといった米国発のサービス業のような、世界全体を市場とした売り上げ拡大を狙わないでしょう」と京都大学経営管理大学院・特定准教授の前川佳一氏は語る。
 
アメリカのハンバーガーチェーンやスーパーマーケットは、徹底的に標準化したオペレーションによってグローバル展開に成功したモデルだ。もし、松榮堂が同じモデルを目指すとしたら、客個人の既成概念を慮ることや、日本文化や宗教文化の説明などは断念して、好きか嫌いかで客が判断できる商品だけを棚に並べるしかない。その場合、模倣されやすく、競合も多くなる。

「畑社長は、ファストフードチェーンのようなグローバル展開では、自分たちの強みは生かせないと思っていらっしゃる。私も、松榮堂に代表されるような、百人百様の客に対応し、主客で価値を共創する日本型のサービスは、大規模なグローバル化は現状では難しいと思います。そうではなく、中程度のグローバル化を目指すのが理に適っているように思えます」(前川氏)

前川氏の言う「中程度」を理解するために、コンテンツビジネス市場を例に考えてみる。売り上げが大規模なのは、ハリウッド映画だ。投資額は大きいが、その分世界中の人が説明なしに楽しめて、世界中で放映しお金を集める。一方、規模が小さいのは、日本で盛んな同人誌マーケットや深夜アニメだ。日本では、趣味で漫画を描く人が多く、多種多様なストーリーが生まれるが、その分読み手も分散するため、売り上げは小さい。こうした日本のマニアックさを源流に持つ「ジブリ作品」や「ワンピース」は、海外の一部で高い評価を得ているものの、ハリウッド映画のように世界を席巻するには至っておらず、中程度に位置するといえる。

譲れないものを明確にし、説明する

「松榮堂は、経済性や市場性よりも、歴史や文化、鑑賞法といった自分たちのコンテクスト(形あるお香そのものがコンテンツであるとすると、それにまつわる物語や脈絡すべてがコンテクスト)を理解し、繰り返し足を運んでくれる客を大事にすることを優先しています。そのうえで、徐々にその数を広げていきたいと思っている。実は、それが、日本型サービスのグローバル展開の現実的なモデルだと思います」(前川氏)

もちろん、客を慮ることができて、世界のどこでも松榮堂のコンテクストを説明できる人材を育てるシステムをつくることができれば、大規模な海外展開も可能かもしれない。だが、松榮堂の畑氏はそれを望まないだろう。海外に原材料を依存しているお香は生産量が限られるという理由もあるが、何より「自分たちが説明するほかない」という日本文化や老舗の継承者としての矜持だ。

世界全体が成熟化するなか、消費傾向は商品であるモノからコトといった精神的なものヘと確実に移行している。冒頭の畑氏の言葉のように、メーカーであっても、ビジネスとして顧客に提供しているのはサービスだ。

「日本のサービスが中程度にグローバル展開する際に重要なことは、松榮堂のような矜持を持つことでしょう。たとえば、日本の製造業は、品質管理を徹底することで、世界の信頼を勝ち取ってきました。当初はおそらく、長期的には見返りがあるはずだという計算すらなく、あったのは、経営者や社員の商品への誇りや、客に対する慮りだったはずです。まずはそういった日本の特質を強みとして、海外の客に向けて、きちんと説明することで、理解者やファンを増やすことができると思います」(前川氏)

前川 佳一氏 プロフィール
京都大学経営管理大学院 特定准教授
Maegawa Yoshikazu_京都大学工学部卒業。家電メーカーで映像機器やデジタル機器の技術・事業企画に従事したのち、ボストン大学MBA、神戸大学大学院経営学博士を経て現職。現在は、観光業や老舗を含むビジネスのイノベーションを研究している。

松榮堂

■本社所在地/京都市中京区
■創業/宝永2年(1705年)
■支社/東京・札幌・米国松栄堂。国内では8つの直営店のほか、「リスン」のブランドで2店舗を展開。

 

 

 

Text=湊 美和
Photo=和久六蔵