Works Web Special

Series.1日本型サービスの強みとは何か

世界全体でサービス経済化が進む現在、サービスの価値を高めることはいかなる産業にとっても喫緊の課題だ。では、グローバル市場においても評価される日本のサービスの強みとは何だろうか。

主客の間で緊張感のあるやりとりを楽しむ 価値共創型の日本のサービス

「サービスのグローバル化は難しいといわれています」と、京都大学経営管理大学院講師の山内裕氏は語る。

「サービスというのは、企業活動と客の接点に生じる無形の価値創出のことで、サービスの生成には客も参加します。客の要求はさまざまで、文化が異なる国の客であればその違いはさらに大きくなる。これがサービスのグローバル化の制約要因になっているのです」(山内氏)。
とくに日本では、通常のサービスにおいても文化や伝統、生活習慣など、日本固有の共通概念や知識に起因している場合が多く、海外の客の参加を難しくしている。グローバル展開には不利な形態だという。

その典型的な例が鮨屋である。多くの伝統的な店がそうであるように、東京・四谷の江戸前鮨・すし匠には、商品や価格を表示したメニューはない。にもかかわらず、客がカウンターに座った途端、「飲み物はどうしましょうか」と聞く。客がアナゴを注文すれば、「ツメにしますか、塩にしますか」と返す。
「店が客を試しているのです。客のほうも、それを楽しみ、自分がどういう人間かを示そうとする。サービスというと、客のニーズをつかみ、それに細かく対応するイメージがあるかもしれません。しかし、サービス提供者の『主(あるじ)』と利用者である『客』がお互いを見極めあうというのは、サービスの重要な側面です。鮨屋に限らず、主客がそのルールを承知のうえで、さながら真剣勝負のようにお互いを見極めあいながら空間をつくり出す行為は、日本のサービスではよく見受けます」(山内氏)

卓越した技や心地いい空間を提供できる人材を育成

真剣勝負をするためには、まず、サービス提供者である主に、豊富な知識や卓越した技術、高い感性などが求められる。そのためすし匠では、人材の育成に力を入れており、既に多くの弟子がのれん分けで独立している。

「若いときに心技体すべてを鍛えることが重要です」とすし匠親方の中澤圭二氏は語る。すし匠では、見習いの期間は全員寮生活だ。「共同生活のなかで、苦手な人との付き合い方や、人の求めるものを察知する力が身に付きます」(中澤氏)。
そして、日々、鮨屋のカウンターで起こる出来事を観察することで、場の空気を感じ取ることができるようになる。
また、見習い1年目は掃除、2年目は洗い場、と時間をかけて段階的に仕事の難易度を上げていく。
「修行を積むことで、魚に触れることの価値がわかる。すると、魚を美味しい状態でお客さまに出したいと思うようになり、勉強する。さらには、自分がつくった鮨を、お客さまに楽しんで食べていただくにはどうすればいいかを考えるようになるのです」(中澤氏)。

中澤氏のように熟練した職人は、客の入店時の様子、箸帯のとり方、鮨のつまみ方、ワサビの付け方、会話などから、客がどんな人で何を求めているのかを探り、そのうえで、出し方を変えるという。

主が提供したサービスに客も真剣に応える

一方で、客側にも重要な役割が求められる。
握ってから3秒以内が美味しいといわれる鮨を、楽しみながらも、よい状態で食べるためには、職人の握るリズムや場の空気を読み取る感性が必要になる。最初は、作法がわからず、空気の読めない客でも、職人が会話のなかで教えたり、さりげなく注意することで、徐々に食べる側としての知識を蓄積し、感性が磨かれていく。

「鮨屋はカウンター越しにお互いのすべてが見えてしまう『さらしの商売』です。そのため、行動や会話にある種の緊張感は必要になりますが、お客さまには積極的に空間づくりに参加していただき、職人の技を見ながら、美味しい鮨を味わって、食べることを楽しんでほしい。この『食楽』を大事にする店というオーラを発することが、店の役割だと考えています」(中澤氏)

海外でも品質の高いサービスを提供し、その文化的背景を客に理解させる

すし匠は2016年に、海外初となる店舗をハワイに出店することが決まっている。中澤氏が大切にする「食楽」をハワイでも提供してほしいとの依頼があったのだ。「SUSHI」は海外でもよく知られるようになったとはいえ、すし匠のように、主客が緊張感のあるやりとりを楽しみながら空間をつくるサービスを、そのまま海外で展開できるかは疑問で、すし匠のハワイ出店は大きな挑戦だ。

「中澤親方のように、提供する側の知識と経験が豊富で、サービスの文化的背景を伝えて客を導くことができれば、客もサービス生成に参加できるようになりますし、そうしようと努力するはずです。このようなサービスのグローバル化には、長い時間をかけて客を育てていくことが必要になりますが、それに成功すれば長期的な競争力にもなります。『おもてなし』という言葉がありますが、日本のサービスは、細やかで丁寧といったレベルにとどまるものではなく、客も提供者もお互いを見極めるなかで自分を高めていく動的なコミュニケーションこそが本質だと思います」(山内氏)

山内 裕氏 プロフィール
京都大学経営管理大学院 講師
Yamauchi Yutaka_京都大学工学部卒業、UCLA Anderson School of Management Ph.D.。Palo Alto Research Center研究員を経て、現職。専門は組織論、エスノグラフィー。日本ならではのサービスイノベーションに注目し、日本の文化と密接なかかわりのあるサービスの現場をフィールドにして、サービス提供者と客との相互作用の分析を進めている。

すし匠
■所在地/東京都新宿区四谷
■設立/1989年
■従業員数11名