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Series.1「日本型サービス」を説明できる人材を育てる

少子化で国内市場が伸び悩むなか、近年は海外に進出する学習塾が増えている。公文教育研究会は、こうした動きよりもずっと早い1974年、公文式学習法(公文式)の教室をニューヨークに開設した。現在では世界48の国と地域で教育事業を展開する。 今回は、日本で生まれた「日本型サービス」の公文式が、グローバル展開で他者の追随を許さない秘密に迫る。

「個人別学習」「自学自習」という独自の学習法

公文教育研究会経営企画室室長・井上勝之氏

「公文式は、高校の数学教師だった公文(くもん)公(とおる)が、小学校2年生だった長男のために作成した算数の教材から生まれました」と公文教育研究会経営企画室室長・井上勝之氏は語る。

多くの高校生が、計算力がないために、数学の勉強に苦しんでいることを知っていた公文氏は、息子の教材をつくるときも計算力の養成に目標を絞った。また、自らの教育体験によって、自分の力で解き進めることで本物の学力がつくと実感していたため、自学自習形式にした。
「長男は、父の手製の教材を使って毎日30分間学習し続け、小学校6年生のときには微分積分の問題が解けるまでに学力が向上しました。この成功体験をもとに、1958年、『個人別学習』『自学自習』による学習法を公文式として、世の中に提供し始めたのです」(井上氏)

当初は、公文氏の教え子を中心に、口コミによって緩やかに広がったが、1974年に学習効果や具体的な指導実例をまとめた本を出版したことで国内全域に普及した。

公文の海外展開を可能にした理由

海外初となるニューヨーク教室は、赴任先でも学習を続けたいという家庭からの要望で、保護者が自ら開設した。それ以降、海外に住む日本人の要望にこたえる形で、日本人駐在員の子ども向けの教室を次々と開設。学習効果が表れるにつれ、現地の指導者による現地の子どもたちを対象にした教室が増えていった。現在では、算数・数学だけでなく、母国語や英語といった言語教材も作成し、国内1万6600教室、海外8400教室を展開する。

同社の海外展開を可能にした理由は何か。それは次の3点で説明できる。

① 指導法・教材の標準化
公文式という学習法を多くの人に使ってもらうため、指導法や教材を標準化したことだ。公文式では、生徒は週2回通塾し、個人別の教材(プリント)を自分で解いて、指導者に採点してもらう。これを100点になるまで繰り返す。指導者がはじめから解き方を教えることはない。各プリントに設定された独自の「標準完成時間」(100点に到達するまでの時間)を目安に、生徒のやる気の程度を加味して、生徒の学力に「ちょうど」の段階を見極めるのが指導者の役割だ。また、教材は、生徒に「ちょうど」あうよう、そして、自学自習で進められるように細かいステップで構成されている。
「学校数学の最高レベルを微分積分に置いて学習を進める点は、多くの国で共通しています。そのため、算数・数学教材は、世界中の生徒の学習情報をもとに制作した教材をほぼ世界共通で使うことができます。母国語が異なるため、言語教材はローカライズしていますが、目的、教材の考え方、プログラム構成などは共通です」(井上氏)
さらに、日本の教育課程にあわせた教材ではないため、海外展開にあたっても見直す必要がない。

② 受験対策や学校の授業の補完ではなく「家庭教育」
目的を「読み、書き、計算」といった基礎学力の養成に置き、公文式を家庭教育と位置づけたことだ。そのため、わが子の成長を願う多くの親の理解を得やすく、塾に通う文化のない国でも受け入れられた。

③ 公文式に共感する指導者
「個人別学習」「自学自習」に共感し、実践する指導者の存在だ。同社では、公文式の指導法を徹底するために、すべての指導者に研修や教材研究などを義務付ける。また、世界中の指導者が集まり、指導法を学びあい、交流を図る機会も設けている。

指導者の成長によって、高い競争力を維持する

しかし、教材といっても単なるプリントだ。しかも、指導法も標準化されているのであれば、真似をする学習塾が出てきてもおかしくはない。にもかかわず、公文式が高い競争力を保ち続けているのは、なぜだろうか。

京都大学経営管理大学院特定准教授・前川佳一氏

サービス産業を中心にビジネスのイノベーションを研究する、京都大学経営管理大学院特定准教授・前川佳一氏は、「『個人別学習・自学自習によって最高レベルの学力を獲得する』という高い目標を掲げ、それをわかりやすく説明していること」を理由の1つにあげる。
「自学自習で微分積分の問題が解けるようにする。多くの人が『素晴らしいが難しいだろう』と思うこの理念を、具体的な教材や指導法に落とし込み、理解可能にしています。そして、指導者の採用にあたっては、その人の学力だけではなく、『子どもの可能性を信じる』『学ぶのが好き』などの点を重視して、理念に共感し実践できる指導者を選んでいるのだと思います」(前川氏)

実際、指導者の募集では「学歴不問」。しかし、採用された指導者には、前述のように、毎年、研修や教材研究などを義務付ける。理念を再度確認し、「解法そのものは教えない」指導を徹底するためであり、それはまた、生徒の「ちょうど」を見極める力を養成するためでもある。この指導者を教育する仕組みが、公文式が競争力を維持する2つ目の理由だと、前川氏は指摘する。
「『ちょうど』を見極めるには、『標準完成時間』だけでなく、生徒の集中力や学習態度、どこでつまずくかなどを観察する力が必要です。その力は、文字や言葉で伝えられる形式知ではなく、体で習得する暗黙知のようなもの。指導者はこの能力を、教材研究や自分が生徒を指導した経験から、また、研修でほかの指導者の事例を聞いて自分なりに咀嚼することで学んでいるのでしょう。さらに、教材や指導方法を標準化したことで、国を超えての事例の共有も可能となっているようです。こうした、指導者の学びをグローバルに展開していることが、簡単に真似できない秘密なのかもしれません」(前川氏)

公文氏は、創業後間もない時点で、海外普及を今後取り組むべき事業の1つにあげていた。それは、ビジネスの拡大を狙ったというよりは、多くの人に公文式を使って学んでほしいと願ったからだ。日本で生まれた時点で海外展開も織り込み済みだったと考えると、日本でのやり方を忠実に再現することで世界に広まったことも納得がいく。

前川 佳一氏 プロフィール
京都大学経営管理大学院 特定准教授
Maegawa Yoshikazu_京都大学工学部卒業。家電メーカーで映像機器やデジタル機器の技術・事業企画に従事したのち、ボストン大学MBA、神戸大学大学院経営学博士を経て現職。現在は、観光業や老舗を含むビジネスのイノベーションを研究している。

公文教育研究会

公文教育研究会
■事業内容/公文式教室のフランチャイズ展開
■創立/1958年
■教室数/(国内)1万6600教室、(海外)8400教室
■ 指導者数/(国内)1万4600人、(海外)7900人

 

Text=湊 美和
Photo=刑部友康