AIのお手並み拝見提案力

AIに人の好みがわかるのか

Web上で調べものなどをすると、もう用事は済んだというのに、興味のない関連商品を延々とおすすめされることがある。このように、現状のレコメンドエンジンは、まだユーザー一人ひとりの好みや個別のニーズを正確に捕捉できていない。
そうした課題を解決すべく、従来とは異なるアプローチで、より精度の高い提案を実現しようとする動きも生まれている。その1つが、人の感性に着目したパーソナル人工知能「SENSY」だ。
従来のレコメンドエンジンは、商品の購買履歴や複数のユーザーの購買パターンから相関関係を分析する「協調フィルタリング」という技術を活用したものがほとんどだ。「商品Aを購入した人は、商品Bを購入する確率が高い」といった傾向を導き出し、おすすめ商品を表示する方法だ。
これに対して、SENSYは個人にフォーカスする。ユーザー一人ひとりが自分専用のAIを持つことによって、パーソナルAIがその人ならではのセンスや好みを学習していくというものだ。この技術を活用して、自分の感性に合ったファッションアイテムやスタイリングを提案してくれるアプリも実用化されている。

「好き」「嫌い」の裏にはロジックがある

SENSYを開発した渡辺祐樹氏は、こう説明する。
「なぜこの商品を『かわいい』と感じたのか、この料理を『おいしい』と感じたのかは、本人でさえ明確に説明できないことが多いですが、心の琴線に触れたからには必ず何らかの理由があるものです。蓄積されるパーソナル情報をディープラーニングすることによって、そのロジックを解き明かしていきます」
たとえば、色、柄、シルエット、素材、ブランド、カテゴリー、価格帯など商品の特性のなかで、その人が何を重視しているのか。商品の画像やキャッチコピーで気になるポイントは何か。その商品を購入したときの世の中のトレンドや、その日の気温や天候はどうだったのか。その人の行動パターンや購買履歴にはどのような傾向が見出せるのか。こうしたさまざまな情報を掛け合わせて、その人が「買いたい」と思った理由を解析していく。
さらに、これらのデータは時系列で解析され、蓄積されていくので、より精度の高い提案が可能になる。たとえば必要に迫られて、冠婚葬祭用にパーティドレスを購入したとする。その後、似たようなドレスをおすすめしてもまったく反応がなかった場合、パーソナルAIは「前回は単発のイレギュラーな消費だった」「これ以上似たようなドレスを購入する意思がない」などと判断して、おすすめする商品を変更する。
常に、おすすめに対するユーザーの反応を踏まえてレコメンドをチューニングするので、趣味・嗜好の変化にも柔軟に対応できる。

AIが探った顧客の「好み」を人間がいかに活用するのか

ただし、こうした工夫により、AIによる提案の精度は高まっているが、だからといって、ベテラン販売員のレベルを超えた提案ができるわけではない。AIはあくまでも効率化のツールである。ベテラン販売員が経験を重ねて顧客の特性や傾向を学んできたのに対して、AIはデータの規則性や関連性を素早く見出せるにすぎないのだ。
また、万人受けしにくい独特な商品や、まったく新しい商品の特徴をAIに理解させるのは、まだハードルが高いという。こうしたデータの少ない商品は、AIがおすすめする候補にのぼりにくいため、顧客の想定を超える思い切った提案をするのはなかなか難しい。
「むしろ、そこは人間が担うところでしょう。AIの役割は、膨大なデータからその人の好みを特定すること。では、そこで特定された好みの範囲内で提案をするのか、好みの枠を少し広げて提案するのか、それとも相手の想定を超えた意外性のある提案をするのかは、設計次第です。その設計を行うことこそ、マーケターや営業の役割だと思います」
「AIは何でもできる魔法の杖でも、何もできない役立たずでもない」と渡辺氏は指摘する。AIの提案力が上がり、各分野での導入が進むほど、「好みを特定する」というAIの本質を正しく理解し、うまく使いこなしてビジネスを進めていく人間の力がさらに求められるようになるだろう。

Text=瀬戸友子 Photo=平山諭 Illustariton=山下アキ

渡辺祐樹氏
SENSY代表取締役CEO。
Watanabe Yuki 慶應義塾大学理工学部にて人工知能アルゴリズム研究に従事。2005年に同校卒業後、フォーバル、IBMビジネスコンサルティングサービスを経て、2011年、SENSY(旧社名:カラフル・ボード)設立。人の感性を学習するパーソナル人工知能「SENSY」を開発し、個人向け・企業向けの各種サービスを提供。