女性リーダーからの手紙人事部自身のダイバーシティを

人事部御中

女性を含めた多様な人材の活躍に必要なことを、私の経験からお伝えしたいと筆を執りました。
私が野村證券に入社したのは男女雇用機会均等法施行4年目。野村證券では女性総合職の2期生で、総合職の同期数百人中、女性は7人でした。課長昇進は入社13年目。同世代の社員と比べて特に早くはありませんでしたが、その後、経営幹部としてのキャリアにつながる2度の転機がありました。入社17年目の秘書室課長(社長秘書)、入社22年目の経営企画部長への異動です。いずれも経営の根幹にかかわるポジションで、野村證券では女性初。周囲の衝撃は大きかったようです。
2度の「異例の人事」には共通点がありました。決定したのが、いわゆる「人事畑」ではない役員だった点です。2人とも柔軟な発想で異彩を放つ方々で、私とは以前に仕事でのかかわりがあり、「あいつなら、できるだろう」と考えて登用してくれたようです。秘書室への異動当時(2005年)は野村グループが女性活躍推進に本腰を入れはじめた時期で、私の登用にはその追い風もあったと思います。しかし、彼らのように「人事の常識」にとらわれない「人事権を持つ人」がいなければ、ここまで思い切った人事は実現しなかったでしょう。
多様な人材が活躍できる環境を実現するには、「新卒・男性・日本人」といった従来の日本企業が前提として考えていた人事施策から脱しなければなりません。また、人事は経営そのものであり、会社の戦略を踏まえた人事・人材育成施策が重要です。両者を実現するには柔軟な発想力や広い視野が必要ですが、一般的な日本企業の人事部には「人事畑」ひと筋という人も多く、画一的な発想しか生まれない組織になりがちです。「現場でのビジネス経験が豊富」「複数の会社で勤務経験がある」など多様なバックグラウンドを持つ人材を配置し、全体最適を実現し得るよう、戦略的に人事施策を見直していくことが重要だと思います。


野村グループの場合はそうした取り組みが進んでいるほうかもしれません。それでも、人事部歴が長くなるにつれ、「会社かくあるべし」という硬直化した考えに染まりがちです。人事担当の皆さんには、思い切った人事運用を期待しています。たとえば、「飛び級」。評価の蓄積で昇進・昇格させる評価制度は働き方に制限がある人や、他の会社から入社したりした人には不利です。成果次第で「飛び級」での昇進・昇格を認めれば、出産などによる一時的なキャリアの中断や、長時間働けないことも決定的なハンデではなくなります。
多くの日本企業では、明示的ではないにせよ、経営幹部となる人が歩むべきキャリアパスが存在しているように思います。当社グループでも、経営幹部候補は専門領域である程度の経験を積んだ後、人事、秘書、企画、あるいは従業員組合といった仕事を経験することが多く見られます。私自身はたまたまそうした部署の経験をしました。しかし、女性の多くは特定の専門領域に固定化される傾向があります。スペシャリストとして力を発揮するのも1つの道ですが、経営幹部となるには、特定の専門領域の知識や経験だけでは十分でないこともあります。
経営幹部に女性を増やすには、経営の根幹にかかわる仕事に就く機会を与えることが大事ですが、それが難しい場合、社外の教育機関などで経営の基礎知識を身につけるための支援をし、実務での経験不足を補うことも有効な施策ではないでしょうか。私の場合は米国でMBAを取りましたが、時間や費用もかかり、ハードルが高くなるので、必ずしも海外MBAである必要はないと思います。国内の研修機会を活用するのも1つの手でしょう。
私のキャリアを振り返ると、は会社から多くの機会を与えられ、感謝しています。ただ、総合職女性の少ない環境でキャリアをスタートし、「男性の倍以上頑張らねば」と肩肘を張っていた時期もありました。後輩たちには自然体で活躍してもらえたらと願っています。

Text=泉彩子 Photo=刑部友康

鳥海智絵氏
野村信託銀行 執行役社長 野村ホールディングス 執行役員
Toriumi Chie 早稲田大学法学部卒業。1989年野村證券(現・野村ホールディングス、以下野村HD)入社。2012年から野村HD執行役員、2014年4月から現職。