生き物のチカラに学べペンギンは集団でブルーオーシャンを目指す

ペンギンのなかには、群れから抜け出し、天敵が待ち受けているかもしれない海へと真っ先に飛び込む勇気ある1羽がいるという。そこから、リスクを恐れず新しい分野に挑戦する人を「ファーストペンギン」と呼ぶようになった。最近そんな話をよく聞くが、真相はどうやら少し違うらしい。
「実際は、波打ち際で大集団が押し合いへし合いしているうちに、たまたま落ちてしまったということも多いんですよ(笑)」ペンギンの生態に詳しい上田一生氏はそう語る。時に自ら飛び込むファーストペンギンもいるが、近くにヒョウアザラシなどの捕食者がいないと確信した場合に限られる。いずれにせよペンギンは、勇気を持って飛び込んでいるわけではない。

水中深く潜る能力を手に入れた鳥

「勇敢な孤高のペンギン」というイメージが人間の勝手な思い込みだとしても、ペンギンが不思議な生き物であることは確かだろう。何といっても海中でこれほど速く長く泳げる鳥は、そうそういるものではない。「ある種のペンギンは、水深600メートルも潜ることが確認されています。水辺で暮らす鳥はほかにもいますが、最も水中生活に特化したのがペンギンです。体の形も水中で抵抗の少ない紡錘形をしていますし、冷たい水のなかでも分厚い脂肪層が防寒の役割を果たしている。そして、びっしりと全身を覆う羽毛は、水に濡れると絡み合って、天然のドライスーツのようになります。尾脂腺から出る脂をクチバシでなでつけ、さらに防水性を高めているのです」水中生活を送ることに適しているといっても、結局は鳥だ。不自由も多い。1つは、卵を温める必要があるので、繁殖は陸で行わなければならないこと。そのため、エンペラーペンギンのオスは、南極でブリザードにさらされながら、3カ月以上も絶食して子育てをする。子育て中は、蓄えた脂肪をエネルギーに変えてしのぐため、体重は半分くらいに減ってしまうという。また、水中でしかエサを獲れないペンギンは、「ドライスーツ」を常に完璧な状態にしておく必要がある。そこで換羽の時期には、完全に羽が生え替わるまで、陸上で耐えしのぐ。海に入れないので、その間は断食するしかないのだ。

競争の少ない市場で圧倒的優位を確保

それほどの苦労をして、なぜ水中で暮らすのか。ほかの鳥のように、空を飛ぶほうがよいのではないか。「ペンギンは、飛ばないことを選んだ鳥。生存戦略として、より競争相手の少ない道を進んだのです」もともと海のなかには、魚やオキアミなどのエサが豊富にある。そして、潜水と高速遊泳の能力さえ手に入れれば、捕食者から逃れられる確率が格段に高くなる。
分厚い脂肪層、特殊な羽毛など、水中生活に特化した体の構造を持ったことで、エンペラーペンギンのように、極寒の南極でも子育てができるほどの強さを獲得した。こうなると、過酷とも思える環境はペンギンの強い味方になる。
「実は、冷たい海は栄養が豊富なのです。温度が低いと、海水に溶けている栄養分が結晶化して植物性プランクトンが大増殖し、それを求めて魚や海洋生物が集まってくるからです。そして、真冬の南極のような過酷な環境には、捕食者も少ないので安全です」
ペンギンは、海のなかというニッチなマーケットで圧倒的に強いポジションを確立した。いわばブルーオーシャン市場の勝者なのだ。

群れで動くことで生存確率を上げる

「生物は自分が生き残るチャンスを常に探しています。その意味で、今この世にいる生き物は、すべて生存競争に勝ち抜いた勝利者。人間の目には不合理な行動に見えても、すべて意味があるのです」自ら飛び込むにせよ、たまたま落ちたにせよ、ファーストペンギンが飛び込むと、ほかのペンギンも一斉にそれに続くという。実はこれも生き残るための知恵なのだ。仮に天敵のヒョウアザラシが密かに待ち受けていたとしても、次々に落ちてくるペンギンを一度に捕まえることはできない。1羽1羽は心許なくとも、群れで行動することによって、集団として生き延びる確率は高まる。「人間は個体として自分が賢いと思っていますが、集団として賢くあるのか。今、それが試されているように思います」私たちは個の賢さを超えて、組織として賢い選択をしているのか。厳しい環境を生き抜いてきたペンギンに学ぶところは大きい。

Text=瀬戸友子 Photo=平山諭 Illustration=寺嶋智教

上田一生氏
ペンギンの研究・保全に取り組む民間団体「ペンギン会議」創設メンバー。
Ueda Kazuoki 現在も研究員として幅広い活動を続ける。ペンギンの調査・研究・保全活動、葛西臨海水族園などの監修を手掛けるほか、『ペンギンの世界』(岩波新書)、『ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』(岩波書店)など著書多数。