コミュニケーションの型知反対者を説得し、合意を取り付ける

強硬に反対する相手からの合意を得るには、綿密な事前準備と戦略的・合理的なアプローチが不可欠だ。その基本を教えてくれるのが「交渉学」だ。
「交渉とは、何らかの利害関係にある人々が、お互いに利得を得るために行う対話のこと」と、交渉学を教える慶應義塾大学教授の田村次朗氏は定義する。大事なのは勝ち負けではなく、相手よし、自分よし、世間よしの「三方よし」の実現だ。「とくに組織内の交渉では、相手を一方的にやり込めて勝ったとしても、その後の組織運営上、マイナスになりかねません。それを避けるためには準備が重要です」

交渉の事前準備はMBTOで

準備で考えておくことは4つ。田村氏は、頭文字を取ってMBTOと表現する(図参照)。Mはミッション。交渉によって真に実現したい状態のことだ。複数のパターンのミッションを考えておけば、いずれかで交渉相手の賛同を得られるはずだ。今回のシーンで言えば、「AAの実施」がミッションなのではなく、それによって「女性管理職を増やすこと」、あるいは「会社の業績を高めること」などがミッションになるだろう。BはBATNA*の略。聞きなれないが、「合意ができない場合の最善の代替案」を意味する。相手がまったく交渉に乗るつもりがないときの切り札ともいえる。「BATNAを準備しておくと、『必ずこの場で合意に達せねば』と追い込まれずにすむので、交渉を自分のペース進められます」
Tはターゲットで、ミッションを実現する手段としての目標だ。今回ならば手段はAA。自分としては管理職の女性比率が15%になるまで実施したい。これが最高目標だ。そこまでは無理だとしても、せめて1年は試行期間として実施したいなど、譲歩できるラインがあるだろう。それが最低目標になる。
もし、自分にとってのベストである最高目標で合意できるなら、何か相手の利益になるような条件を付帯できないか、考える余地が生まれる。たとえば、女性比率15%になるまでAAをやれるならば、「登用の1年後に適性評価をしましょう」などと提案できる。ターゲットを準備するときは、この余地(図でいうところの"幅")を考えることも重要だ。もちろん、こちらの最低目標でしか合意できないときは、相手に何かを差し出せる余地は少なくなる。図でターゲットを逆三角形で示しているのは、このためだ。
どれだけターゲットに広がりを持たせて準備していても、合意にいたれないこともありうる。そのときのために、合意のもとでミッションを果たせる別の手段がないかを考えておきたい。これがO、オプションである。今回なら、「女性管理職を増やす」ためのAA以外の方法を考えておく。

出典:田村次朗氏作成の資料から抜粋


「準備不足の交渉では、目の前に出された条件に左右され、行き詰まることも増えます。ミッションとBATNAを自分のよりどころにし、豊かなターゲットとオプションによって、相手の出方に応じて柔軟に打ち手を変える。そのためのMBTOなのです」
なお、交渉の現場では以下のことに注力しよう。まず、冒頭で、ミッションレベルでは合意できることを確認し合い、お互いの関係を「対立」から「協働」に変えること。次は、よき聞き手となることだ。質問を使って自分ではなく相手に語らせ、説得ではなく相手の自発的な納得を生み出すことが望ましい。最後は感情と問題を切り離すことだ。相手の目を見るよりも資料を見て話すなどの小さな工夫で、攻撃されていると思わせずに済むこともある。

(*)BATNA(バトナ)= Best Alternative to a Negotiated Agreement の略

Text=伊藤敬太郎Photo=平山諭

田村次朗氏
慶應義塾大学法学部教授。交渉学協会理事長。
Tamura Jiro 専門は経済法。『ハーバード×慶應流交渉学入門』をはじめ交渉学に関する著書多数。