成功の本質第87回 フルグラ/カルビー

シリアルの既存商品が爆発的ヒット
極意は「お金をかけず、頭を使う」

フルグラを使ったレシピもカルビーが発表している。こちらは透明なグラスにヨーグルトとフルグラを交互に入れた「噛むヨーグルト」だ。
Photo=カルビー提供

発売から25年。新製品でもないのに売上高が急伸した商品がある。カルビーの「フルグラ」だ。グラノーラと呼ばれるシリアル食品の一種。オーツ麦やココナッツなどの原料にシロップを混ぜ合わせた生地をオーブンで焼き上げた後、細かく砕き、ドライフルーツを加えたものだ。販売開始は1991年。「仕事を持つ女性たちの健康をサポートする」というコンセプトで開発された。スナック菓子で成長を遂げてきたカルビーがシリアル市場に参入したのは、その3年前の1988年だった。
フルグラの売上高は年間30億円台で推移し、業界では上位ながら社内では目立つ商品ではなかったが、2011年は37億円だった売り上げが、2016年は300億円に達する見込みだ。いかにブレ一クしたのか、快進撃の軌跡をたどってみたい。

松本晃氏
カルヒ一代表取締役会長兼CEO
Photo=鈴木慶子

それは1人の人物の登場から始まる。伊藤忠商事から外資系医薬品・医療機器メーカーのジョンソン・エンド・ジョンソンに転じて9年間社長を務め、売上高を3.6倍に拡大。カルビー創業家から「勝つ経営」の手腕を買われ、2009年に会長兼CEOに就任した松本晃だ。
カルビーはスナック菓子で50%近い国内シェアを占めるほど強い商品力を持ちながら、営業利益率は3%程度と低かった。変革を託された松本は、着任するとすべての商品を自ら食すなかでフルグラと出会った。
「私は商社時代、アメリカ出張の際、朝食のシリアルがまずくて目の敵にしていました。ところが、フルグラはす ごくおいしかった。これが売れないはずがないのに、そうなっていない。なぜなのか。スーパーのフルグラの売場に2時間半立ってみました。そこはお米売場でほとんどお客が来ませんでした。問題は売り方にあったのです」

「手抜き」のイメージを払拭

松本は旧来の商品名「フルーツグラノーラ」を「長い名前 では売れない」と短縮すると、2012年、売上高100億円を目指す「フルグラ100プロジェクト」を発足させた。そこまで「売れる」と確信した理由について、こう話す。
「カルビーのコアコンピタス(強み)は何か。社内の人間は気づいていなかったのですが、それは製品の食感で した。日人は食感に敏感で。かっぱえびせんの『やめられない、とまらない』も、あの食感だからです。フルグラのおいしさもザクザクという食感にあった。だから絶対売れると。フルグラは1食50円ほどで、日本人の朝食人口1億人の5%が365日食べると91 2億円。100億円なら、達成可能で理に適った目標だと考えました」
プロジェクトにはもう1人、主役がいる。最初はメンバーの1人で3年目からフルグラ事業部の部長になった藤原かおりだ。プロジェクト開始前年の2011年、カルビーは「ひとくち美膳」という栄蓑調整食品を発売した。しかし、売り上げ不振で1年で終売。そのマーケティングを担当したのが、中途入社したばかりの藤原だった。早々の終売で仕事がなくなったとき、声がかかった。藤原にとっても巻き返しのプロジェクトだった。
当時、フルグラも属するシリアル市場の規模は250億円。同業他社と争っても100億円達成は難しい。そこで、松本の目論見通り、17兆円規模の朝食市場に目が向けられた。問題はシリアルには「食事らしくない」「手抜き」と いうネガテイブなイメージがあることだった。これをい かに払拭するか。新製品ではないので広告宣伝費はかけ られない。そこで、知恵を使ったPR戦略が開始された。藤原が話す。
「ねらったのは、グラノーラブームをつくり出すことでした。専門店の存在や、人気カフェに考案してもらったグラノーラを使った特別メニューなど、ファクトを集めメディアに発信する。ちょうど、パンケーキなどの朝食メニューが海外から入り、朝食ブームが起きていたのも追い風になりました」
ターゲットの女性層にはヨーグルト好きが多い。そこで、とっかかりとしてフルグラをヨーグルトに加える食べ方をアピールした。
「主食をフルグラに替えてと押しつけるのではなく、朝食の仲間に加えてもらう。『お友達作戦』と呼びました。ヨーグルトとの組み合わせが好評で、売り上げを押し上げていきました」

朝食市場攻略の本気度を示す

ブームづくりと食べ方の提案が成功し、2012年の売上高は65億円に伸びた。この成果が評価され、藤原はプロジェクトリーダーになる。
2年目。藤原はフルグラの新事業戦略の記者発表会を開催。松本と社長兼COOの伊藤秀二の2人に登壇してもらい、カルビーが朝食市場にも本格的に取り組む姿勢を明言してもらった。そのねらいをこう話す。
「フルグラの売り上げがそれまで伸び悩んだ理由の1つに、配荷率(商品が置かれる店舗の割合)の低さがありました。そこで、カルビーの朝食市場攻略への本気度をトップが示し、流通に注目してもらおうと。実際、多くのメディアに取り上げられて、流通からの引き合いが急増していきました。それに加え、スナック菓子に注力しがちな営業担当者の意識を変えるという社内的なねらいもありました」
2013年の売上高は95億円。100億円の目標を2年間でほぼ達成した。
3年目の2014年。ここで松本がまた重要な役割を演じる。「フルグラ事業部」を立ち上げて売上目標を300億円に引き上げると、事業戦略発表会に登壇。カルビーがフルグラによって、「日本の朝食を変える」と「朝食革命宣言」を行った。この朝食革命という言葉は、藤原が上層部への提案書のなかで説明用に使ったものだ。松本は即、商標登録を命じ、次期戦略の中心にすえるよう指示した。
いよいよ、主食としてパンの市場を奪っていく。そのために松本が打ち出したのが「時短」「健康」「食感」の3つのコンセプトだ。その意味合いを本人はこう語る。
「フルグラはグラム単価0.8円ほど、食パンは安いと0.25円程度で価格では競争できない。ただ、パンの朝食は副菜の調理も入れると、食べ終わるまでに30分はかかります。フルグラは10分。ある調査では東京近郊から通勤する女性の4割近くは朝食をとる時間がないといいます。フルグラは時短メニューである。食物繊維と鉄分が豊富で便秘や貧血対策にもなる。 そして、カルビーが誇る世界一の食感がある。この3つを打ち出せば、パンに勝てると考えました」

和風アレンジメニューも開発

オーツ麦やライ麦、玄米、アーモンド、ココナッツなどにドライフルーツを混ぜ込んだ定番のフルグラ。「おいしさザクザク」と食感を強調する。
Photo=カルビー提供

松本は人事の仕組みも変え、すべての管理職は1つ下のポストについて、社内から必要な人材を自由に抜擢 できるようにしていた。この仕組みによってフルグラ事業部の部長に抜擢された藤原は、朝食革命宣言に連動した「啓蒙活動」を開始した。さまざまな朝食の風景 を21の物語にまとめた書籍を出版。生活の基本となる朝食の大切さを伝えた。朝活ブームに合わせ、「オフィスで朝食」をキーワードに、フルグラを自由に食べられるサーバ一を企業内に設置する「置きグラ」も企画。昼食用の屋台が出る場所で朝、フルグラを無償提供する「朝食屋台」も展開した。
「グラノーラのブームづくりから、日本の朝食を変える朝食革命へ。このころからマーケティングの方向性が大き<変わっていきました。松本会長の視点の高さには学 ぶことが多くありました」
と藤原は話す。ー方、松本も、「藤原さんの長所は思考が柔軟であること。頭は優秀である以上に、柔らかいことが大事です」と評価する。この年、売上高は143億円を記録し、シリアルのメーカーシェアでついにトップの座を獲得した。
4年目の2015年、松本により目標額はさらに500億円へと引き上げられた。ターゲットをシニア層に拡大するため、藤原が率いる事業部は和の食材を使った「フルグラ黒豆きなこ味」を開発。東京の浅草神社境内で期間限定の「朝食茶屋」を開設し、京都の老舗料亭「菊乃井」の主人、村田吉弘が監修した和風のアレンジメニューが提供され、メディアの注目を集めた。「常にニュースを発信し続け話題づくりに努める」のも松本の方針だった。 売上高は223億円に達した。

カルビーはフルグラを使った食育にも取り組んでいる。フルクラを使って簡単な朝食づくりに取り組む子供たち。東京都足立区の小学校で。
Photo=カルビー提供

5年目の2016年、500億円の目標達成に向け、松本より、新たに「減塩」のコンセプトが示された。それは毎週末、近くのスーパーやコンビニで顧客を「定点観測」するのが習慣の松本ならではの現場感覚による着想だった。本人が話す。
「シニアの感覚で考えると、食事で気になるのは高血圧の原因になる塩分です。フルグラ1食分に牛乳200ccを加えると塩分量は0.5グラムです。和朝食に含まれる塩分は4.2グラムほどで、フルグラに替えれば約4グラム減ります。すると、塩分摂取量が厚生労働省が示す目標値 にほぼ収まる。朝食減塩をシニア層にアピールすれば、2018年から2019年には500億円の目標は達成できるでしょう」

目標は朝食事業で1000億円

藤原かおり氏
カルビーマーケティング本部フルグラ事業部事業部長
Photo=鈴木慶子

目標額500億円を達成すれば、フルグラはカルビーで売上高1位のブランドになる。撤退も検討されたシリアル事業がスナック菓子事業に次ぐ「2本目の柱」へ。その軌跡をたどると、商品は同じでも、グラノーラブーム、朝食革命、和風シリアル、減塩朝食と、その都度、顧客が新しい意味や価値を感じ取れるようなしかけを次々と生み出してきたことがわかる。
その間、「お金を使うより、頭を使うのがビジネスの面白さ」が持論の松本は、自らが再評価したフルグラの事業について、ストレッチした目標を設定しながら、適時、トップとしてキーとなるコンセプトを提示した。
これを受けて、藤原が率いる実働部隊は、メディアや流通、さまざまな企業や組織と連携しながら、意味や価値の裏づけとなるファクトを生み出し、情報発信し続けた。
松本によれば、「次の目標は朝食事業1 00 0億円。それには次の新しい知恵が必要になる」という。その目標が達成されたとき、日本の朝食の風景はかなり変わり、「カルビー=スナック菓子」のイメージも変貌しているに違いない。(文中敬称略)

Text=勝見明

賢い「プロ経営者」は「本質直観」に優れアートとサイエンスを総合できる能力を持つ

野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
松本氏は長期間、売り上げが伸びなかったフルグラを試食した結果、「売れる」と判断した。分析してとらえたのではない。まずは食感という感覚を駆使し、商品の本質を直観した。分析は最後は数値に還元されるが、数値からは本質的な意味は出てこない。
松本氏はフルグラの売り上げ不振の原因を探ろうとスーパーの売場に立ったり、コンビニで「定点観測」を続けたりした。「時短」や「減塩」というコンセプトを発想できたのも、現場で顧客と共感しながら、あらゆることの意味を常に問い続け、課題や矛盾を発見、解決できたからだろう。
「僕は人より3ミリぐらい深掘りするだけ」と謙遜するが、実は動きながら熟慮しているのだ。だから、個別の微細な事象にも驚き、関係するあら ゆる知見を総合して飛躍した仮説を生み出せる。
相手との共感を醸成しようとする松本氏の能カは、プロジェクトリーダーの藤原氏との共創関係においても発揮された。柔軟な思考ができる藤原氏に対し、高い目標を設定すると同時に、「朝食革命」のような夢のあるコンセプトを前面に打ち出して元気づけた。藤原氏が「松本会長の高い視点から学ぶことが多かった」と語っているように、 両者の間に共感で結ばれた師弟関係が生まれたことも、プロジェクトの成功要因の1つといえよう。
松本氏によれば、経営の本質は「世のため人のため」という大義と「儲けること」を総合し、最後は「勝つこと」にある。特に重視したのは「勝つための仕組み」だ。
各階層の長は直近の部下について、優れた人材を社内のどこからでも機動的に任用できる。転職間もない藤原氏の事業部長就任を可能にしたこのルールがその典型だ。
勝つためには、数字にも徹底してこだわる。売上高100億円という目標をまず掲げ、達成可能となると、300億円、500億円と、適時、引き上げた。このこだわりがヒットを確実なものにした。
本質直観に基づくアートと、市場全体のなかで分析的にとらえるサイエンスの両方を総合して商品戦略を決める。そのうえで、勝つための実践知を組織に埋め込み、練磨し続ける。ダイバーシティも権限委譲も、「儲けるための仕組み」ととらえて推進していると聞く。真の意味での賢い「プロ経営者」である。
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。