生き物のチカラに学べ人間は、「時間」をデザインできる

1秒、1分......時間とは時計で計るもの、万物に共通する絶対基準だと私たちは考えている。しかし、その「物理的時間」のほかに、動物には体のサイズに応じた「生物的時間」というものがある。そう説くのは、「サイズの生物学」の研究者であり、ロングセラー『ソウの時間ネズミの時間』(中公新書)の著者、本川達雄氏だ。
「古くアリストテレスの論に立てば、動物は心、つまり心臓で時間を感じているわけで、そうなると、心臓の拍動が違う動物は、それぞれ違う時間を持っていることになります。実際、八ツカネズミのような小さな動物は、心臓がドキンと1回打つのにかかる時間は0.1秒で、ヒトはおよそ1秒、ソウは3秒という具合に、体が大きいほど心臓はゆっくり打ち、拍動の時間が長くなるのです」(本川氏)

体のサイズが規定する時間の長さ

哺乳類の拍勣時間は、体重の4分の1乗に比例しながらゆっくりになっていくことがわかっている。体の重さが10倍になると、時間は1.8倍長くなるという関係だ。「この関係は、心臓の拍勣以外にも多くのケースで成り立ちます。たとえば、腸が嬬動する時間、血液が体内を一巡する時間など、みな体重の4分の1乗におおよそ比例する。寿命も同じです」(本川氏)
そして、体のサイズが規定するのは時間だけではないと、本川氏は続ける。「いろいろな大きさの動物がどのくらいエネルギーを使うのかを測り、単位体重当たりにして比較すると、エネルギー消費量は体重の4分の1乗に反比例するという関係が得られる。面白いことに、大きい動物ほど体の割にはエネルギーを使わないのです」。単位体重当たりでいえば、ソウはネズミの6%しかエネルギーを使っていないという。つまり、大きい動物のほうがエネルギー効率が高いのだ。

現代人は、時間の速度を無理やり速めている?

同じ体重の4分の1乗だが、時間が正比例で、エネルギーは反比例。すなわち、エネルギーを使えば使うほど時間の流れは速くなる。この時間速度とエネルギー消費量の関係は、人間の社会生活にも当てはまる。車、飛行機、携帯電話、コンピュータ......物事をより多く、より速く処理するものばかりに囲まれている我々の生活は、確かに便利だが、これらによって時間が速められているのも、また確かである。「機械と体は別、というわけにはいかないんですよ。仮にボーツとしながら新幹線に乗っていたとしても、燃料を燃やして動カエネルギーを消費し、移動時間を速めている。このとき、自分の体の時間も"無理やり"速められているのです」(本川氏)
しかしながら、ヒトの心臓の拍勣は昔から変わっていないわけで、「拍動が刻む本来の生物的時間と、機械やシステムを使って無理やり速めた時間との極端なギャップが、ストレス増加の最大の原因」だと、本川氏は警鐘を鳴らす。

オンとオフ。時には時間を異質なものに

機械やシステムといった外部のエネルギーを使って、たとえば手作業であれば1時間要する生産を、10分で済ませたとする。これは時間の節約だが、その本質は、1時間という時間を10分で使う、つまり「時問を速めている」ことなのだ。「ビジネスにしても消費にしても、金によってエネルギーを売買して、時間を操作していると捉えれば、我々人間は、どれだけエネルギーを投下するかによって時間を操作できるということ。時間をデザインできる機能を持っているんですよ。なのに、それを認識していないのが一番の問題で、時間は変えられないと思い込み、支配されてしまっているのです」(本川氏)時間はすべてにおける絶対基準である、あるいは「速ければ速いほうがいい」という1つのビジネス原理に、私たちはあまりに巻き込まれていないだろうか。それが心身に負担をかけているのは、前述のとおりだ。人間は時間をデザインできるのだから、時には、オンとオフの時間をまったく異質なものにデザインしてみてはどうだろう。家に帰ったならば、パソコンなどとは離れ、時間の刻みを本来の心臓拍動に委ねるといったことも大切である。

Text=内田丘子(TANK) Photo=大平晋也 Illustration=寺嶋智教

本川達雄氏
東京工業大学名誉教授。
Motokawa Tatsuo 東京大学理学部卒業後、琉球大学助教授、デューク大学客員助教授を経て、東京工業大学教授(1991~2014年)。棘皮(きょくひ)動物(ナマコ、ウニなど)の研究や、サイズの生物学の研究で知られる。多数の著書のほかに、高校生物の教科書や参考書なども執筆。