頂点からの視座菅野正美氏(合唱指導者)

私が問うのは「どう歌いたいか」
「どうなりたいか」ということ

「合唱王国」の名にふさわしく、福島県には、全国規模のコンクールで常に上位入賞を果たす名門校が多く存在する。そのなかにあって、高校合唱界きっての指導者として著名なのが菅野正美氏。全日本合唱コンクール、NHK全国学校音楽コンクールという2大大会で、指導校を20回以上、全国の頂点へと導いてきた。それら輝かしい実績の背景には「生徒の可能性を信じ、任せきる」というマネジメント哲学が貫かれている。

Kanno Masami_1955年生まれ。合唱指導の第一人者として、数々の高校生合唱団を全国トップの座に導く。今春、福島県立郡山高等学校で定年を迎えた。

― 菅野さんは、国立(くにたち)音楽大学で教育音楽学を学ばれたのちに帰郷し、音楽科教諭として高校合唱指導に全力を傾けてこられました。もとより合唱は、とても身近なものだったとか。

伝統的に音楽教育が盛んな福島県では、「歌うこと」はかっこいいんですよ。小・中・高問わず、多くの学校は地区単位での音楽祭に臨みますし、そこから県大会に選ばれることが、子どもたちのステータス。私も小学生のときから当然のように合唱を始め、ずっと続けてきました。
そもそもは、姉たちが弾くピアノによって音楽に魅せられたのです。夢中になり、見よう見まねでピアノを練習するうち、気がつくと姉たちよりうんと上手になっていた(笑)。周りからも褒められ、すっかりその気になった私は、高校生の頃には「音楽の道に進む」と決めていました。
国立音大には、同郷であり、合唱界の草分け的存在である岡本敏明先生がいらして、合唱が実に盛んだったのです。在学中は、私も地方の学校に出向いて合唱する活動をしたりと、振り返れば、ずっと合唱にかかわってきたことになります。

― どこの学校でも合唱ができるという福島県のカルチャーは素敵ですね。とはいえ声質だとか、才能のようなものが問われるのでは?

それはまったく関係なくて、声さえ出れば合唱はできるんです。もちろん、音程がうまく取れない子もたくさんいますよ。でも、声帯は筋肉ですからトレーニングでいくらでも鍛えられるし、音程も矯正できます。確かに合唱経験者は多いですが、高校生になってから始める子どもも少なくありません。たとえば、中学時代は運動部だった男子たちが、高校の入学式で見事なハーモニーによる校歌を聞いたりすると、感動して「俺たちもやりたい!」と合唱部に入ってきたり。福島県の音楽教育の素晴らしさは、いつでも誰でもウエルカムという土壌にあるのです。

最も重要なのは自主性を育むこと

― 菅野さんはどのような指導スタイルを取られるのですか。

最初に、ソプラノ、テノールなどといったパート決めをするくらいで、基本はすべて生徒たちに任せています。学校によって、その時々のチームによって、"声の響き"は違いますから、教えるというより、それぞれが持つ能力を引き出すことが最大の強みになると考えるからです。
かつて、全国でも屈指の強豪校として知られる安積女子高(*1)と福島女子高(*2)で指導にあたりましたが、同じ女子校でもその響きは全然違います。福島女子高に赴任した当初、前の安積女子高でのイメージが残っていた私は、同じように表現することを求めたのですが、何百回練習しても決して同じにはならないんですね。生徒たちは、懸命に私の期待に応えようとしているのに。そのとき、私は間違っていたと気づいたのです。これまでの経験や生活環境などの違いが、そのまま音楽の違いとして表れてくる......それこそが個性であり、面白さなのだと。

(*1)現・福島県立安積黎明高等学校
(*2)現・福島県立橘高等学校

― 実際に、菅野さんは指導校を次々と全国大会トップに導いてこられました。毎年メンバーが変わっても実績を重ねていく、その秘訣は何なのでしょう。

特別なことをしているつもりはなくて、何かが違うとすれば、やはり徹底して生徒たちの自主性を重んじてきたことでしょう。たとえば、コンクールに出るメンバー、部長や副部長などといった"人事"を決めるのは生徒たちで、私はいっさい口を出しません。合唱指導でもあえて具体的なことは言わず、「そこはもう少し紫色な感じなんだよなぁ」という具合で、楽曲の解釈も一人ひとりに考えさせるようにしています。
今の教育は大人が口を出しすぎるように思うんですよ。私が問うのは「どう歌いたいか」「どうなりたいか」。自主性を育むことが最も重要なのです。そうすれば独立心が芽生え、自分たちで目標を設定して行動するようになります。そういう素地をつくることは、常に強く意識してきました。

合唱の魅力を伝えていくことを使命に

― 長く高校合唱指導に携わってこられた菅野さんにとって、最大の喜びとは何ですか。

高校生って、大人への階段を登る最中(さなか)にあるでしょう。まだ残っている"青さ"が合唱を介して変化し、成長していく様をそばで見ていられるのは、指導者にとって最高に幸せなことなんですよ。
時には、生徒たちが選んだ部長に「やれるかな?」と心配することもありますが、立場が人をつくるのは高校生も同じで、1年も経つと立派なリーダーになっていたりする。また、先輩という立場になれば、「ここまで人は優しくなれるのか」と思うほど熱心に、後輩の面倒を見るようになる。ぶつかったり、悩んだりしながら、子どもたちが大人へと成長していくプロセスは、見ていて本当に楽しいし、誇らしいものです。

― 今春、定年退職されて一つ大きな区切りを迎えられました。今後はどのような活動を?

音楽には、始まりも終わりもない。そんな感覚でずっと走り続けてきたので、これからも音楽と共にあることは変わらないですね。地元で立ち上げた声楽アンサンブルの全国大会での活動や、合唱連盟の仕事などを通じて合唱の魅力を伝え続け、若い世代を育てていくことが私の使命だと思っています。昨今のように、人間関係が希薄になりがちな社会において、合唱は、人と人が対峙することの素晴らしさを教えてくれます。それを知った子どもが増えれば、日本の将来はまだまだ大丈夫だと信じているので、やはり、この仕事には生涯をかける価値があるんですよ。

Text=内田丘子(TANK) Photo=橋本裕貴

After Interview

合唱でも、運動系でも同じだが、学校チームの最大の特徴は、卒業と入学によって毎年メンバーが入れ替わることではないだろうか。どのチームの指導者も、才能に恵まれた者や自らが育てた実力者を、チームに置き続けることは絶対にかなわない。さらに公立校の教員となれば、自身の異動もある。
にもかかわらず、赴任する先々で確実に実績を出してきた菅野氏。その指導の神髄は「指導者が歌わせたいように歌わせるのではない」という点にある。高校生なりに人生で経験したこと、体感した感情を頼りに、自分たちがどう歌いたいか、どう表現したいかを自ら考えるよう、徹底して生徒に課す。「なぜもっと悩ませて、苦しませてやらないのか。そのせいで、今の子どもたちは人に委ねすぎている」という菅野氏の言葉には、合唱指導者を超えた教育者としての、40年の蓄積が凝縮されている。「この仕事には生涯をかける価値がある」。こう断言するためには、対象への愛情と、その対象と共に走り続けたと誰憚(はばか)ることなく言える実績の、両方が必要だろう。まさにそれらを兼ね備えた菅野氏に、私自身も「どうなりたいのか」を問われている、そんな時間だった。

聞き手=石原直子(本誌編集長)