人事のジレンマ若手育成 × パワハラ

若手の成長のためには、一定の厳しさも必要だ。一方で、期待するがゆえの厳しい業務を課すことがパワハラと言われるリスクもある。編集部が取材で見てきた人事の「ジレンマ」に正面から向き合う新連載。第1回は若手育成とパワハラについて、若手に責任を与え厳しい環境で育てるDeNAの對馬誠英氏と、企業訴訟を多く扱う弁護士、小笠原耕司氏の対談で考える。

小笠原:社会環境の変化もあり、パワハラ案件は年々増加しています。労災申請の件数や認定率も上昇していますし、裁判に至るケースも増えています。
パワハラを直接規制する法律はありませんが、被害内容によって当然、法的責任が発生します。加害者である上司に対しては、民法709条「不法行為による損害賠償」を請求できますし、雇用者である企業は、民法715条に基づく「使用者等の責任」が問われます。
最近では、会社法429条「役員等の第三者に対する損害賠償責任」に基づき、トップを含む役員が訴えられるケースも出てきています。つまり、パワハラ対策としてトップの意識も重要だということですね。

對馬:なぜ近年これほど増えているのでしょうか。

小笠原:パワハラに近いことは昔からありましたが、当時は、仕方ないものと受け止める人が多かった。しかし、今や社会の意識が変わり、その意味では受け手の耐性も低下しているのかもしれません。上司が飲みに連れ出すような機会も減っており、組織内のコミュニケーションが弱まっている影響もあるでしょう。

對馬:具体的にどういう行為がパワハラとして認定されるのでしょうか。

小笠原:厚生労働省がパワハラ行為の6類型を出しています。暴行・傷害など「身体的な攻撃」や、脅迫・侮辱などの「精神的な攻撃」は、刑事罰の対象に。それ以外には、無視するなどの「人間関係からの切り離し」、窓際に追いやるなどの「過小な要求」、過度にプライバシーに立ち入るなどの「個の侵害」があります。さらに今回のテーマである若手育成に関わるところでは、「過大な要求」が挙げられますね。

對馬:「今日は1億円の契約を取るまで帰ってくるな」とか?

小笠原:はい、できそうもないことを強要する。そのときに、「お前は本当にダメなヤツだな」などと「精神的な攻撃」がセットになることも少なくありません。
DeNAでは若手を厳しく育てているとのことですが、どのような育て方をされていますか。

對馬:仕事に厳しさを求めるのは事実です。DeNAは「仕事でのみ人が育つ」と強く信じる会社で、面積の大きさの違いはあっても、何らかの形で全員が「球の表面積」を担うという考え方を共有しています。
たとえば人事部門であれば、入社数カ月目の新人に次の年度の新卒採用の設計を任せることもある。今の能力でできるかできないかというレベルの業務にアサインするので、プレッシヤーもかかっているはず。それだけに、きめ細かなケアが必要だと考えています。

小笠原:どのような取り組みをされているのでしょうか。

對馬:大切だと考えていることは3つ。採用、アサイン、日々のコンディション確認です。まずは、採用段階でのミスマッチを防ぐこと。できるだけ情報に多く触れてもらい、そのうえで意志決定してもらえるように配慮しています。後々、お互いが不幸になりますからね。
アサイン段階では、その人が前向きに業務に臨める状況を作るよう努めています。そのために重要なのは、本人の納得感。本人のWill(したいこと)、Can(できること)を日頃から確認していますが、会社にはMust(すべきこと)もある。個別のアサインがそのなかのどこにマッピングされるのか、上司と本人で共有したうえで任せています。
日々のコンディション確認では、1ヵ月に1度、全社員にメールでのアンケートを実施しています。「仕事にやりがいを感じていますか」など3つの設問に選択式で答えるという簡単なものですが、これを人事と各マネジャーで毎月チェックする。アラートが見つかると、人事が話を聞きに行って対処するなど、個々の状況の変化を感知する仕組みを整えています。
また、新卒1年目の社員については、個別に入社2、3年目のメンターと人事の担当者をつけて、上司とのトライアングルで成長を見守っています。

小笠原:かなりきめ細かなケアをしているんですね。

對馬:部下の育成を1人のマネジャーに背負わせすぎないように注意しています。部下が10人もいれば、人間ですから相性の問題もあるでしょう。
ですから、基本的には「ムラで育てる」。1人で10人を見るのではなく、部長とその下の5人のマネジャーが50人のメンバー全員を見る。上司とうまくいかないなら、隣のチームのマネジャーがランチにでも誘って話を聞くなど、ナナメからもフォローしているのです。
私自身も経験があるのですが、期待される要求が高くても、時に上司から叱責を受けても、ベースに信頼関係が築けていれば、素直に耳を貸すことができるのではないでしょうか。

パワハラのない職場作りは組織風土が鍵

小笠原:おっしゃる通りですね。パワハラ対策で、最も大切なのは予防です。まずは、トップがパワハラは悪だという意識を強く持つこと。そのうえで、現場のマネジャー、メンバーヘと浸透させていくことですね。また、アンケートなどを通じて現場の声を吸い上げ、今何が起こっているのかを常に確認しながら、第三者を巻き込んで複数でケアしていくことは、とても有効だと思います。
ただ、現場は日々の業務に追われていますし、上司は業績責任を持っています。そこまでケアする余裕がない、という企業が多いのも事実でしょう。

對馬:逆にDeNAでは、活躍できないまま若手を置いておく余裕がないんです(笑)。若手でも誰でも、マネジャーが十分にメンバーの力を引き出さなければ、目標達成などできるわけがない、という感覚が浸透しています。あとは、先ほどいくつかの仕組みについて触れましたが、どんな仕組みを作るかの前に、私は前提として組織の風土が重要だと思っています。いくらアンケートを取っても、「上司が偉い」という風土では、誰も本音を語りません。
私たちは「DeNAクオリティ」という価値観を何よりも大切にしています。先にお話しした「球の表面積」もその1つですし、「発言責任」といって、階層にかかわらず、全員に自分の意見を述べることを求めています。だから、上司に不満があれば意見を言うべきだし、本人に通じなければ、その上の上司に言うように奨励しています。
マネジャーに対しては、こうした価値観を自ら体現することを、厳しく要求しています。公正に判断して、それができていない場合は、人事が介入して改善要求を出します。それでも変わらなければ、役職から外すこともある。1つでも例外を許すと会社の文化は崩壊しますから、絶対に妥協してはいけないところだと考えています。

信頼関係をベースに「正当」な指導を

對馬:専門家の視点から、こうしたDeNAの取り組みはどう思われますか。パワハラが適用されそうな要素はあるでしょうか。

小笠原:極めて丁寧なケアをされていると思いました。強いて挙げるなら、ムラで育てるとなると、個人情報を複数で共有するので、プライバシーの侵害に留意したいところ。どの情報をどこまで共有するかを線引きして、ルール化することをお勧めします。
企業には、過度に萎縮する必要はないと言っています。誰が聞いてもひどいと思う暴言を吐いたり、連日皆の前で叱責するなど、度を越した指導は問題ですが、上司が目標達成を求めたり、必要な注意をするのは正当な業務行為です。判例でも、適正な業務の範囲と判断され、原告が敗訴したケースもあります。
また、信頼関係の構築も非常に重要ですね。日頃からコミュニケーションをはかり、信頼関係が築けていれば、上司の言葉を精神的な攻撃や過大要求だと曲解することもない。複数の上司に気に掛けてもらえることを本人が喜んでいたら、プライバシーの侵害には当たりません。パワハラの要件に該当しても、本人が納得していれば、違法性は阻却されますから。つまり、ベースに信頼関係があり、常識の範囲で指導するのであれば、堂々と厳しさを要求していいんですよ。そこにジレンマを感じる必要はないのです。

對馬:その厳しさは、本人のためにもなりますよね。DeNAは比較的フラットな組織ですが、ことあるごとに「上司は単なる役割だ」「大した権威はない」と言い続けています。そこを勘違いしてしまうと、「正当」な指導の範囲を超えてしまうでしょう。
何が「正当」かは、企業によって異なるはずです。大切なのは、一貫性のある指導ができているかどうか。どんなビジョンを掲げ、どんな目標を達成したいのか。そのためにどんな組織を作り、どんな仲間を集めるのか。会社の方針を明確に示し、丁寧にコミュニケーションを取ってブレのない育成をしていくことが求められます。

小笠原:それがその企業にとっての「正当」な指導につながっていくのだと思います。

Text=瀬戸友子 Photo=平山諭