「アントレプレナー(entrepreneur)」という言葉がある。元々フランス語で仲買人という意味だったが、現在では完全に英語化し、「起業家」「企業家」という意味で使われている。英語で聞くと、この言葉は「リスクを認識しながらも自分で事業を興す冒険家」というニュアンスを少々持っている感じがする。「アントレプレナー」といっても、事業の興し方はさまざまだ。最初から法人化する場合もあれば、個人事業主としてスタートする場合もあるだろう。日本でも、「アントレプレナー」という言葉を雑誌等で目にし始めるようになったが、「会社員」「公務員」といった「雇われる者」を好む傾向が強いわが国では、自ら開業する者は少ない。これは、日本独自の「就社型長期雇用」「年齢をベースにした年功賃金」という特色が、極めて安定した雇用を労働者に保障しているからだといえよう。公務員の場合は、さらに手厚い身分保障が約束されている。だからといって、学生の人気職業アンケートで公務員が上位に入っているのは、先進国では日本くらいではないだろうか。
一方、アメリカでは随分と事情が違う。アメリカの開業数は年間約58万社で(2004年の数字。SBA2005)、日本の開業数の約4倍である(2001〜2004年平均は約17万社。中小企業庁2006)。この差は、両国の開業率で比較するとさらにわかりやすい。アメリカでは、開業率が常に10%を超えているのに対し、日本の開業率は6.1%である(2001〜2004平均。中小企業庁2006)。
なぜ、こんなにも両国の間で差があるのだろうか。先に触れたように、安定雇用を好む日本人の国民性が、リスクの大きい開業を嫌っていることが主因ではないかと考えられる。しかし、アメリカ人が昔から開業・独立志向だったかというと決してそうではない。1980年代の製造業不振による経済不況や相次ぐ倒産から、人々は会社に雇われることの不安定性を経験し、「どうせ不安定なら人に雇われるよりも、自分の手腕に賭けよう」と考えるようになり、"Be my own boss"の魅力が広がったのだと思う。そして、これは、1990年代に急速に進歩を遂げた情報技術産業におけるベンチャー企業の成功によって拍車がかけられた。
こうした人々の意識変化をさらに促したのが、クリントン大統領の開業・スモールビジネス支援政策である。同政権は、納税者救済法や書類撤廃法の制定、スモールビジネス育成センターの拡充など、数々の政策を打ち出している(詳しくは次章を参考)。
その他に、ビジネス・エンジェルの存在が大きいことも忘れてはいけない。ビジネス・エンジェルとは、ベンチャー企業に投資し、支援する個人投資家のことをいうが、アメリカではビジネス・エンジェルが現在最大のリスクキャピタルの供給源となっており、投資先企業数ではベンチャーキャピタルの20倍以上、投資金額でも2倍と言われている(長谷川2000)。具体的な数をあげると、アメリカでは、毎年、25万人前後のエンジェルが100億ドルから200億ドルの資金を3万社以上に投資している。エンジェルにとっては、エンジェル税制と呼ばれる優遇税制が適用されることが大きな魅力の1つである。
最近は、日本においても成功した起業家がエンジェルとなるケースが出てきており、エンジェル税制も導入されている。エンジェル税制とは個人投資家によるベンチャー企業への投資を促進するための税制の総称で1997年に創設された制度だが、最近利用件数が急増している。1997年6月から2003年3月までの約6年間の実績はわずか278件(年平均47.7件)だったが、2003年4月から2004年3月までの1年間は748件と、これまでの年平均の15.7倍を記録している。これは2003年4月から株式譲渡益からの控除制度が導入されたことに伴い、証券会社やベンチャーファンドなどの民間事業者を通じた制度利用が大幅に増加したためだとみられる(経産省2004)。そこで政府はエンジェル税制の適用要件・手続きを大幅に緩和するとともに(2004年4月以降)、当初2005年3月31日までとなっていた期限を2007年3月31日までに延長した(2005年度税制改正による)。しかし、現在のところアメリカの規模に届くまでには至っていない。今後は、さらに開業資金へのアクセスを拡大するとともに、事業家に有利な税制を構築していき、エンジェル投資を活性化させていく必要がある。