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1 イントロダクション
外国人労働者を受け入れるべきかーという議論が再び活発化している。理由は、少子高齢化による労働力不足を補うために、国外から労働力を確保する必要があるから、というものだ。また、IT技術者や高い専門知識を持つ外国人を、より積極的に受け入れる政策が必要だという声も高い。
最近話題になっている各地方公共団体の特区構想の中にも、外国人の活用を謳ったものがある。仙台市の国際知的産業特区(就労希望の外国人へのビザ発給の迅速化要請)や、愛知県の環境・エネルギー・国際交流特区(外国人の居住・就労条件の緩和)などがその例である。2006年、このような流れを受けて国は出入国管理および難民認定法を改正し、構造改革特別区域法による特例措置にもとづく活動については在留期間の上限を3年から5年に伸長している(平成18年5月24日法律第43号)。
外国人労働者問題は、これまで何回か議論の波を経験してきた。最初は、労働力の需要が増大した1970年代の高度経済成長期であった。このときは、「日本人にはできない特殊な技能を持つ外国人についてのみ入国を認める」という姿勢を維持した。次の波は、1980年代後半のバブル期に起こったが、労働力需要の増大による人手不足を解消するために外国人労働者を受け入れるべきだという議論と、現実に増加していた外国人の不法就労を何とかすべきだという議論が、並行的に進む形となった。これらの問題への解答を求めて、1987年、労働省(現厚生労働省)は、「外国人労働者問題研究会」*1を発足し 、検討を行った。同研究会は、(1)人的交流の促進は国際的に貢献する、(2)外国企業の日本進出、わが国企業の海外進出に伴い人材確保の必要性がある、(3)開発途上国援助の一環として、研修生の受け入れ、技能労働力の養成が重要である、(4)労働力不足の改善*2といった点を理由に、基本的に外国人労働者の受け入れを肯定しているが、受け入れの範囲を外国人労働者の職種・技能・経験等をもとに限定し、不法就労の取り締まりを強化する必要があると述べた。
その後、1988年からは雇用対策基本計画に単純労働の外国人労働者受入についての方針が明記されるようになったが、この時点では、他の労働者の就業機会を減少させるおそれがある、労働市場の二重構造化を生じさせるといった消極的な意見が多かった。
1990年6月出入国管理および難民認定法が施行され、ブラジルやペルーからの日系人に対して、活動に制限のない在留資格が与えられ*3(「定住者」または「日本人の配偶者等」) 、専門的な技術・知識・技能を生かして職業活動に従事する外国人等の整備が行われたが(創設された10の在留資格のうち「法律・会計事務」「医療」「研究」「教育」「人文知識・国際業務」「企業内転勤」の6つが就労に関する在留資格)、単純労働者に係る在留資格は設けられなかった(外国人雇用問題研究会2002)。一方、不法就労外国人の増加を抑制するために、不法就労助長罪が設けられ、不法就労者を雇った者には、3年以下の懲役または300万円の罰金が科される*4。その後1993年には、研修により一定水準以上の技術等を修得した外国人について、研修修了後、研修を受けた機関との間で新たに雇用契約を結び、研修で修得した技術等をより実践的に修得することができるようにする技能実習制度が新設された。
1990年代のバブル崩壊とともに、外国人労働者問題の議論は一時その勢いを失ったが、1999年頃から再び活発化する。これは、人口構造の少子高齢化が深刻化するなかで、経済審議会が経済計画「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」において、当初、外国人労働者の導入を正面から検討すると発表したことから始まり、当時の経済企画庁長官だった堺屋太一氏の「日本は移民国家であり、移民を受け入れる国にならなければならない」という発言が火に油を注ぐ形となった。堺屋氏ら賛成派に対して、保守派の論客は、外国人労働者による犯罪の増加や外国人同士の民族争い、新たな差別問題の発生を懸念し、「労働鎖国」論を唱えた。
我が国の少子高齢化は深刻だ。2006年6月公表の国勢調査抽出速報集計結果によると、65歳以上の老年人口の割合が21.0%で世界最高となる一方、15歳未満の年少人口は13.6%で最低となっており、少子高齢化が世界で最も深刻な状態となった(総務省2006)。数字から判断するならば、日本は外国人労働者の受け入れに最も真剣に取り組まなければならないのに、実際は最も対応が遅れている国になっている。
少子高齢化を見据えると2つの観点から外国人労働者の受入れが必要となってくる。1つはマクロ的に減少する労働力を埋めるため、もう1つは高齢者の増加により需要が高まる看護・介護人材を補うためだ。これまで、外国人労働者の受入れに対しては、女性や高齢者の労働市場再参入をより積極的に図れば外国人労働者は必要ないのではないかという反論があったが、予想を超える厳しい少子高齢化の現状からもはや外国人に労働力を頼るのは避けられないという見方が強まっている。
政府は2002年から東南アジア諸国との自由貿易協定および経済連携協定交渉を進めていたが、2004年11月にフィリピンとの間で大筋の合意に達し、一定の要件を満たすフィリピン人の看護師・介護福祉士候補者の入国を認める方向を定めた。同年11月29日発表の共同プレスによると大筋合意の内容は次の通りである(共同プレス2004)。
(1) 看護師・介護福祉士候補者は、日本語等の研修修了後、日本の国家資格を取得するための準備活動の一環として就労することが認められる(滞在期間の上限、看護師3年、介護福祉士4年)。国家試験を受験後、国家資格取得者は看護師・介護福祉士として引き続き就労が認められる。介護福祉士については、日本語の研修修了後、課程を修了した者に介護福祉士の国家資格が付与されることとなる日本国内の養成施設へ入学する枠組も設ける。
(2) 日本はODAにより、フィリピンにエキスパートを送り、資格取得の高いハードルとされる日本の文化、日本語教育、現場実務などの教育、訓練をフィリピン政府と協力して行う。
(3) 日本での就労先となる病院や介護機関の紹介は日本の公的機関が行う。
(4) 受け入れ人数は看護師100名、介護福祉士100名の計200名までとする。
看護・介護分野については外国人労働者受入れの門戸が開かれつつあるわけだが、言葉の壁や質の確保といった問題をどのようにクリアするのか、医療・介護現場で混乱は起きないのか、不安材料は少なくない。
2006年5月、小泉首相を議長とする経済財政諮問会議は「グローバル戦略」を決定し、そのなかで外国人労働者の受入れを進め、不足する介護サービスへの拡大を新たに検討するほか、国の構造改革特区で5年間認めている情報処理技術者、研究者の在留資格を全国に広げることをあきらかにした(グローバル戦略2006)。外国人労働者の受入れが本格的に始動するのはそう遠くない未来となりそうだ。 |
| (2006年10月20日再掲載) |
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