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Works University
リクルートワークス研究所
第1回講義
労働政策史
1 日本における戦後の労働政策
2 政策決定までの過程
資料編
参考資料
1 日本における戦後の労働政策
(1) 戦前の労働法(1910 年代〜1940年代)
日本における労働法の歴史は、1911年制定の工場法から始まる(1916年施行)。工場法は、女子・年少者に関する最低年齢、最長労働時間等、労働者一般に関する業務上の傷病・死亡についての扶助制度等を主な内容としていた。1926年の改正により、賃金の毎月1回以上の通貨払い、解雇予告、産前産後休暇等も制度化された。
当時、特に工場法制定前は、紡績工女や年季奉公などのように、搾取・専制の労働関係が多く見られた。また、労働組合運動は、刑罰法規により厳しく抑圧されていた。
(2) 新労働法の誕生(1940 年代後半)
戦後の労働政策は、労働関係法の制定から始まった。1945年12月に旧労働組合法(1949年6月全面改正)が制定されたのを皮切りに、1946年9月に労働関係調整法、1947年4月に労働基準法、および、労働者災害補償保険法、同年11月に職業安定法、同年12月に失業保険法と戦後数年の間に主要な労働関係法が誕生した。これら戦後労働法制は次のような特徴を有していた。
・労働契約の基本ルールと最低基準を刑罰付きで法定(労働基準法)
・労働者の組合結成を擁護し、使用者と組合間の団体交渉を助成(労働組合法)
・集団的労使関係における紛争の調整手続きを規定(労働関係調整法)
・公務員・公社職員の争議行為禁止、および勤務条件決定における特別規制(公労法・地公労法および国家・地方公務員法)
・労働市場における民間業者による労働者搾取の防止、国家による職業紹介や失業給付体制の確立(職安法・失業保険法)
(以上、菅野2000 )
(3) 失業対策(1940 年代後半〜)
戦後、戦時中の疎開工場の閉鎖による大量解雇や中小企業の倒産により、失業者が増えた。このような状況を改善するために、政府は1946年に公共事業における失業者優先の原則を定めたり、1948年に失業者吸収率を設定するなどしたが、あまり効果はなかった。そこで、政府は、1949年に緊急失業対策法を制定し、国が、自らの費用で、または地方公共団体等が、国庫から全部もしくは一部の補助を受けて実施する失業対策事業を始めることにした。さらに、1950年には大都市で特別失業対策事業を実施するとともに、公共事業費として970億円を運用し、雇用量の増大と雇用の安定を図った。(以上、労働年鑑1951)
しかし、1954年には、完全失業者が過去最高の84万人を超え、失業対策事業の規模拡大、特別事業の実施を迫られ、また、1959年には労働者の最低生活を保障する最低賃金法が制定されるなど、失業者の増加と賃金切り下げを防止するための策が採られた。
失業対策事業は、1970年代後半から労働政策として維持運営すべきかどうかについて議論されるようになり、1980年には失業対策制度調査研究会が「基本的には終息する段階にある」という報告を行った。結局、失業対策事業の根拠法となる緊急失業対策法は1995年に廃止された。
(4) 炭鉱政策の開始(1950 年代後半〜)
また、この頃から石炭鉱業の合理化がスタートし、炭鉱離職者が大量発生した。1959年には炭鉱離職者臨時措置法を定め、離職者援助を積極的に行ったが、1960年代の相次ぐ炭鉱閉山により炭鉱離職者数は増加する一方だった。(詳細は、「炭鉱労働者雇用対策の変遷」を参照のこと)
(5) 雇用対策法制定(1960 年代後半〜)
1966年、政府は、雇用対策基本計画の策定、職業紹介や技能訓練の実施など、労働力の需給均衡のために国が実施する施策を規定した雇用対策法を制定。同法にもとづき、翌1967年にその時代の要請に応えるべく雇用対策基本計画(第一次)が発表された。雇用対策法はこれまで9回出されているが、その内容は雇用安定や定年制などに関するものが多い(1999年の第9次雇用対策基本計画が最近)。
(6) 定年延長の流れ(1970 年代〜)
1970年代より高年齢者の雇用確保の観点から、定年延長政策が進められた。1973年、政府は第2次雇用対策基本計画で60歳の定年延長目標を掲げ、同時に雇用対策法を改正し、定年延長促進のための事業主に対する援助制度をスタートした。
(7) 雇用調整助成金(発足当時は雇用調整給付金)(1970年代〜)
1973年の第1次オイルショックによる不況対策の1つとして、1974年に、戦後まもなく制定された失業保険法に代わるものとして雇用保険法が制定された。これによって従来の失業給付に加え、失業予防等を目的とする雇用3事業(雇用安定事業、能力開発事業、雇用福祉事業)がスタートした。また、このときに、労働者の失業の予防と雇用の安定を図ることを目的とした雇用調整給付金制度(以下、雇用調整助成金)が始まった。
失業保険給付が、失業の発生に対する事後的な保障であるのに対し、雇用調整助成金を始めとする雇用3事業は失業を未然に防ぐことを目的に創設されたものであり、従来にない画期的な政策として注目を集めた。雇用調整助成金の役割は、短期的な景気変動の結果として、一時的に操業短縮などの雇用調整が必要になった事業所に対して、休業手当や教育訓練手当などを助成し、企業の人件費負担を軽減し、それにより失業を未然に予防することだ。(以上、篠塚2000)
雇用調整助成金は、景気循環に応じて発生する失業(循環的失業)の場合には効果的であるが、労働需給のミスマッチにより発生する構造的失業の場合は、あまり効果は期待できない。また雇用調整助成金は、短期・長期にわたって事業活動の縮小を余儀なくされている、ほぼ全ての事業所が対象となり得るため、構造不況の長期化が明らかになってきた1990年代後半以降、その非効率性と労働移動阻害要因となる危険性について批判をあびるようになった。そこで、政府は、1999年10月に今後は特定不況業種への助成金支給を行わず、従来の指定業種を廃止することを決定した。(詳細は、「雇用調整助成金」を参照)
(8) 雇用における男女平等(1980年代〜)
1947年制定の労働基準法は、女性労働者を男性労働者とは区別して扱い、保護の対象とした。しかし、1970年代からの世界的な男女間の平等取扱いの流れと、日本における男女差別的労働慣行を違法とする裁判例の蓄積により、政府は雇用の場における男女平等の推進を余儀なくされた。そこで、1985年に男女雇用機会均等法を制定し、女性労働者の平等取扱いを図るとともに、労働基準法を改正し、女子保護規定を緩和した。さらに、1997年には男女雇用機会均等法を改正し、それまで努力義務規定だった点を禁止規定にし、より一層の男女間平等を押し進めている。
(9) 雇用の流動化(1980 年代〜)
戦後の日本は、戦前にはびこっていた労働ブローカーの存在を払拭するため、1947年制定の職業安定法により、労働者供給事業を原則的に禁止し、民間による職業紹介を許可制をもって規制し、国家主導の職業紹介を進めることにした。また、1956年には職業紹介の国家独占を原則とするILO96号条約(有料職業紹介所条約)を批准し、職業紹介事業への参入規制を維持した。
しかし、1970年代より、欧米諸国における労働市場の自由化と雇用の流動化が注目される一方、サービス経済化、女性労働者の増加を背景とする人材派遣業の活用が見られるようになったため、労働市場法制の規制見直しが必須となった。
政府は、1985年に許可・届出制のもとで、対象業務を限定して労働者派遣事業を例外的に認める労働者派遣法を制定した。
その後、ILO96号条約に代わるILO181号条約(民間職業仲介事業所条約)の採択に見られるような、更なる労働市場の自由化という世界的な流れを受けて、労働者派遣事業は数回の法改正を経て緩和され、1999年には対象業務については原則自由化されるまでになった。
また、国家主導で行ってきた職業紹介についても、1997年の労働省令改正および1999年の職業安定法改正によって大幅に緩和され、現在は、取扱い職業が原則自由化されている。
(10) 緊急雇用対策(1990 年代〜)
1990年前半のバブル崩壊後、労働市場の規制緩和が進む一方、日本は長期的な不況に見舞われ、失業率はかつてない程の高い数値となっている。政府は、労働力需給のマッチングにおける民間の役割を大きくし、雇用の流動化を促進することで、構造的失業を改善しようとするほか、さまざまな雇用対策をかかげて、事態の改善を図っている。
政府は、1993年の緊急経済対策を皮切りに、1995年の新総合的雇用対策、14兆2,200億円の予算をあてた経済対策、1997年11月の21世紀を切り開く緊急経済対策、1998年の緊急雇用開発プログラム、緊急経済対策、1999年の70万人を上回る雇用・就業機会の増大策を策定した緊急雇用対策、そして、2001年の緊急経済対策および地域産業・雇用対策プログラムと、数々の雇用対策を打ち出している。
なかでも、1999年の緊急雇用対策は、先に述べた職業安定法や労働者派遣法の改正、雇用保険改革等を含む大規模なものであった。しかし、一連の雇用対策は期待された程の効果を発さず、失業率は2001年後半以降5%台を維持したままだ。
(11) 今後の課題
日本が現在抱える労働問題には、人口の高齢化・少子化による労働人口の減少、労働需給のミスマッチによる構造的失業、ITの急速な発展に伴う労働の変化、フリーター・ニート等若年雇用に関する問題、2007年からの団塊世代の引退に伴う問題などがあり、いずれも迅速な対応が求められている。
政府は、フリーター、ニート対策として、ジョブカフェによる就職支援や日本版デュアルシステムの推進を図るとともに、学生から職業人への移行がスムーズに行われるようキャリアコンサルティングの普及に力を注いでいる。また、2007年問題対策としては、団塊世代の引退に伴う技能継承と人材育成に重点を置いている。
(2006年10月20日再掲載)
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