Column

女性管理職を増やすための「ちょっと変わった」提案
豊田義博

7/27付の日本経済新聞電子版に出ていた「女性の管理職『食わず嫌い』 残念な本当の理由と対策」というタイトルの記事を読み、10年以上前に書籍に認めた提案を、改めて世に問いたいと思い立った。

女性が管理職になりたがらないのはなぜ?
徐々には増えているものの、政府が掲げる2030(2020年までに女性管理職の比率を30%にする)はまず達成できなさそう、というのが女性の管理職登用についての実情だろう。
その実情の一因として、この記事の筆者であり、エグゼクティブサーチ領域では知らぬ人のいない有名人である森本千賀子さんは「女性の食わず嫌い」を挙げている。「そんな大変そうな仕事をやりたいとは思わない」、、、目の前の管理職たちの、生き生きとしているとは決して言えない姿をみて、多くの女性たちはそう思っていると説いている。管理職に「なりたくない」と回答した女性が9割近くに達するというデータもあるという。

一方で、森本さんは、女性にはマネジメント適性がある、と説いている。男性管理職は、「目標達成」に重きを置くが、女性は、自身のメンバーの成長を重視する傾向が強いと指摘し、「長期的視点で組織の活性化、成長を図るためには、女性が得意なマネジメントスタイルが生きる」と主張している。

森本さんの指摘、主張は、かつての私の主張、提案と重なる部分が大きい。私の提案は、簡潔に言えば、「管理職は多重責務に陥っている。二つの役割に分けよう」というものだった。そして、その施策は、女性の管理職登用を促進するものでもある、と主張したのである。

PもMも、そしてプレイヤーも託されているマネジャー
マネジメント理論のひとつに、PM理論がある。ごくごく大雑把にその趣旨をまとめれば、マネジメントには、業績向上を図るPerformanceの側面と、組織、チームのコンディションを良好に保つMaintenanceの側面があり、マネジャーは、PM(ラージピーラージエム 両方を達成している優秀なマネジャータイプ)、Pm(ラージピースモールエム 業績向上は得意だが、チームマネジメントがおろそかになるタイプ)、pM(スモールピーラージエム チームの雰囲気は良好だが、業績が今一つ伸びないタイプ)、pm(スモールピースモールエム いずれも不得手なマネジャー不適任タイプ)に分けられる、というものだ。

全員がPM(ラージピーラージエム)マネジャーであるべきだ、という考え方のもとに、多くの企業は組織を作っている。つまり、ひとつのグループには一人の管理職が就いていて、その人間が、グループの業績に責任を持ち、一方で人材育成にも力を入れることが求められている。そして、両方を巧みに実現しているPMマネジャーは、どの会社にも存在している。だが、その比率は決して高くはない。多くのマネジャーは、チームメンバーには優しいが目標達成にむけての業務マネジメントがいまひとつなpMタイプか、成果は上げているけれどメンバーを潰してしまうPmタイプのいずれか。そして、「なんであんな人が管理職なのか?」と陰でひそひそ言われるようなpmタイプも、どの会社にもいる。

一方で。マネジャーの仕事は、平成30年の間に、劇的に変わっている。最たるものは、「プレイングマネジャー化」だ。メンバーに実業務をすべて託し、進捗を管理監督するのではなく、最も重要な業務や難易度の高い業務をマネジャー自身が担当している、という状態だ。課長職の8割、部長職の6割がプレイングマネジャーであるというデータもある。

野球に詳しい方なら、日本のプロ野球界におけるプレイングマネジャーをすぐにあげることができるだろう。つまりは監督兼選手。南海時代の野村克也氏がまず浮かぶ。最近では、元ヤクルトの古田敦也氏、元中日の谷繁元信氏がプレイングマネジャーを任された。いずれもチームの要であるキャッチャーという職にあり、さらに監督という役割を託された、という方だ。

野村氏は結果を残した。最下位チームの監督を託され、四番を打ち続けながら、チームを再生させ、リーグ優勝も遂げている。素晴らしい実績だ。しかし、古田氏、谷繁氏は、残念な結果に終わった。では、この2人には才能がなかったのか。いや、そうではないだろう。野村氏の才能がよほど図抜けていたと考えるべきだ。古田氏、谷繁氏ほどのプレイヤーとしての実績をもってしても、プレイングマネジャーとしては、結果が残せなかったと考えるべきだろう。

 

マネジャー業務を「お父さん役」「お母さん役」に分割する
企業のマネジャーに話を戻そう。彼らが大変なのは、プレイングマネジャーとして現場業務を抱えるばかりではない。コンプライアンス遵守、個人情報管理、パワハラ・セクハラ対策、メンバーのメンタルケア、労働時間管理などなど、業績を上げるという観点とはまた別の、しかし会社としてはこれまたきわめて重要な業務の推進者は、すべて現場のマネジャーだ。彼らは多重責務にあえいでいる。そんな中で、全員にPMマネジャーを目指せ、というのは、土台無理ではないだろうか。

10年ほど前に、『「上司」不要論。』という書籍を上梓した。タイトルからは「メンバーの邪魔にしかならないような無能な上司はいらない」「個人が自律して自由と自己責任において仕事をしていく時代だ」という内容を想像しそうだが、そうではない。上記のとおり、マネジャーは多重責務にあえいでいる。ひとりで、グループ・チームの全責任を負い、すべてのメンバーの上に君臨する「上司」というスタイルをこれ以上続けるのはやめよう、マネジャー業務を解体し、役割を分割しようというものだ。

提案の趣旨をひらたくいえば、マネジャー業務を「お父さん役」と「お母さん役」に分ける、というものだ。つまりは、PとMの責任の所在を分け、別の人間が受け持つというものだ。Pが得意な人はPに専念する、Mが得意な人はMに専念する。その合わせ技で、組織、チームをマネジメントしていくのだ。そして、Mに専念するマネジャーに求められる要件とは、森本さんが記事中で指摘している女性が得意とするマネジメントスタイルそのもの。女性が管理職に抱く抵抗感も大きく減少するはずだ。となれば、女性の登用がどんどん進むことは想像に難くない。

森本さんが指摘しているような傾向は、確かにあるように思う。女性には、短期志向よりも長期志向、PよりもMという傾向があるのではないかと思う。そうした点を活かし、その上で管理職比率を上げていこうとするならば、この「二つの役割に分ける」案は、なかなか悪くないものだと今も思っているのだが、いかがだろうか?

 

豊田義博


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2018年08月08日