Column

社会人の学びに効果はあるのか
戸田淳仁

最近、「人生100年時代」といったキーワードが話題になっている。長寿化するなかで、昔と比べて同じ年齢でも体力的に若返りがみられ、60代で仕事を引退するのが現実的とは言えなくなっている。あわせて社会保障に対する不安が高まり、将来もらえる年金の支給額が減額されると、健康である限り、働き続けることが求められるかもしれない。
こうした問題意識で議論されているのが、社会人になっても学び直しを進め、一つの仕事だけでなく複数の仕事をこなす、また、一社に就社するのではなく転職や起業などを進めていく必要性だ。こうした議論の中で社会人の学びが重要になってきているが、そもそも社会人の学びはどうなっているのだろうか。

これまで著者がたずさわった分析において、社会人の学びがあまり進んでいないことを指摘した。そもそも自らの意思で学ぶ人は、学ぶことによって給料が上がるなどの効果を期待して、学んでいるはずである。学ぶことを投資と考えれば、リターンを求めるのが通常の考え方であろう。例えば資格取得のために自らの意思を学んで、その後に資格を生かす仕事について投資のリターンを回収することはある。しかし日本においては、企業が従業員のキャリアを考えて研修を実施することが多く、一社に長く勤めることが普通である環境では、自らの意思で学んだとしても企業がその学びをあまり評価しないだろう。
実態はどうであろうか。リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」の正社員のデータを見て確認していきたい。

自らの意思で仕事に関する知識を学んでいる正社員は25.6%にとどまる
2015年の1年間で自らの意思で仕事に関する知識を学んでいる正社員は25.6%であった。この数字は少ないとみるべきだと考える。正社員であれば、ある程度の経験がある、または経験をしようとしている人たちであり、最初に述べた「人生100年時代」においては仕事である程度以上活躍すべき人である。こうした人たちの4人に3人が学んでいないという状況は問題だと言わざるを得ない。
仕事の知識に限定していないが、2015年の1年間で行った学習行動についての結果である図表1で見てみよう。「どれも行わなかった」の48.1%が他よりも高くて目を引く。学習行動といっても「インターネットなどで調べものをした」や「本を読んだ」が多く、仕事における問題解決などを目的としていることが多い。それに対して、体系的に知識が習得できる学校への通学やセミナー参加を見てみると、「学校に通った」が2.1%、「通信教育を受けた」が3.1%、「Eラーニングを受けた」が6.0%、「単発の講座、セミナー、勉強会に参加した」が7.9%と1割を下回る状況である、多くの人が学んでいる状況とは言えない。

図表1 2015年の学習活動(正社員、複数回答、N=14,604)

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」
注:2015年から2016年にかけて同一企業に勤めている人に限定して集計

 

自らの意思で学び給料が増加している人はそれほど多くない
次に、こうした状況下で自らの意思で学んだ人の給料はどうなっているのだろうか。2015年の1年間で学んだ人について、2015年から16年の年収変化がどうなっているかを見てきたい。図表2を見ると、通信教育を受けた人ほど、年収変化で1割を超える増加の人の割合(30.6%=23.0%+7.6%)が他よりも高い。しかし、何もしていない人の25.9%(=17.0%+8.9%)よりは少し高いが、それほど大きな差はないと見るのが自然だろう。体系的に知識が得られる通学やセミナー参加だけでなく、問題解決が主目的であろうインターネットでの調べものや本を読んだといった点も年収が増加している人が増えているとは言えない。

図表2  2015年の学習行動別 2016年にかけての年収変化

注:2015年から16年にかけて同一企業に就業している正社員に限定
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」

 

学びをしている人ほど成長実感も高まっていない
次に学びによる効果として年収以外で、主観的な変数になるが成長実感が上昇しているかを見ていきたい。学びをすることでできなかった仕事ができるようになり成長実感をより体感しているかもしれない。図表3がその結果であるが、年収と同様学んでいるからと言って成長実感が上がっている人が増えているとは言えない。何も学びをしなかった人で成長実感が上がった人が25.3%であるのに対し、成長実感の上がった人の割合が多いのは「Eラーニングを受けた」で30.4%であり、わずかに高い状況である。むしろ、通学した人で成長実感が上がった人は19.0%とほかの項目よりやや低いことが示すように、主観的な成長実感が高まっているとは言えない。

図表3  2015年の学習行動別 2016年にかけての成長実感の変化

注:2015年から16年にかけて同一企業に就業している正社員に限定
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」

以上のように見てくると、社会人の自らの意思による学びの効果は年収という観点だけでなく主観的な成長実感という観点からもないのが実態だ。しかし、過去の先行研究の中では、自己啓発したあと4年後に年収増加の効果が得られるという結果もあるため、学びの効果がもう少し後になって出てくる可能性がある。ただ、政策的にも社会人の学びを増やしていくためにはもっと短期において目に見えた効果が表れないと、多くの人が学びをするインセンティブが得られず、現状を変えていくことは難しいだろう。社会人が学びをするメカニズム解明ができておらず、有効な手段があまりない中で、まずは投資に対するリターンがどのような状況で生まれるか丁寧に把握していくことが、社会人の学びを促進していくためにまず必要なことであろう。

 

戸田淳仁


[関連コンテンツ]
全国就業実態パネル調査
Works Index 2015
テクノロジーの進化によって個人の「学び」はどう変わるのか

2017年10月18日