研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.3少子化はキャリア女性のせい? 坂本貴志

日本経済の低迷や財政悪化の要因は何かと問われれば、最も多く上がる回答は少子高齢化であろう。少子高齢化の進行は、生産年齢人口比率を低下させることで経済の低迷を招き、社会保障費の増加などを通じて国家財政を悪化させる。

厚生労働省が公表している合計特殊出生率は、2005年に1.26と過去最低を記録して以来、増加に転じている(図表1)。しかし、ここ5年間は一進一退の動きとなり、2016年時点の出生率は1.44にとどまっている。近年の出生率上昇は、30代後半や40代前半の女性の出生数増加が背景にあると言われているが、このような高齢出産ボーナスは終わりに近づいているとみてよいだろう。

図表1 合計特殊出生率と出生数の推移item_works03_sakamoto02_sakamoto05_01.png出所: 厚生労働省「人口動態調査」

合計特殊出生率が低位で推移していることから、2016年には出生数は100万人を割り、出生数の減少に歯止めがかかっていない。出生数が減少している背景としては、(1)有配偶女性1人当たりの子どもを産む人数が減少していることや、(2)未婚率の上昇、(3)出産が可能である女性の数が減っていることがあげられる。出生数の減少をこれら3つの要因に分けて分析したのが図表2である。

図表2をみると、1980年半ばまでは有配偶女性一人が産む子供数の減少が、出生数減少の主因であった。しかし、それ以降は、未婚率の上昇が一貫して出生数にマイナスの影響を与えており、近年の少子化の主因が未婚化にあることがわかる。

未婚率上昇の原因として、一般的によく言われることは、女性の社会進出である。すなわち、女性が働くようになって経済的に自立したことで、結婚によるメリットが薄れ、結婚しなくなったということがよく指摘される。

図表2 出生数の増減の寄与度分解(5年ごとの増減)item_works03_sakamoto02_sakamoto05_02.png出所: 総務省「国勢調査」、厚生労働省「人口動態調査」より作成

注:出生数の変化は5年間における出生数の増減を表す。出生数の増減を有配偶女性一人当たりの出生数(一人当たり出生数要因)、女性の有配偶率(未婚要因)、女性数(人口要因)の要因に寄与度分解して算出。15~49歳の女性について、5歳ごとの年齢区分で算出し、それを足し合わせることで各要因の寄与としている。

男女問わず、収入の向上は結婚への近道

では、少子化はキャリア女性のせいなのか?キャリアを築いている女性が結婚しにくいのかを検証するために、男女の収入別の結婚確率をみてみよう。

図表3は性別、年齢別、年収別に向こう1年間で結婚に至る確率を計算したものである。男性をみると、一般的によく言われているように、収入が増加すれば結婚する確率は大きく上昇する。一方、翻って女性をみると、こちらもやはり年収が増加するにつれて結婚確率が上昇している。

これをみると、キャリア女性すなわち年収が高い女性が結婚できないというのは、少なくとも現代においては風説に過ぎないことがわかるだろう。女性にとっても、収入の向上は結婚への近道なのである。

キャリア女性が結婚しやすいことにはいくつか理由が考えられる。男性側が結婚後のことも考え収入の高い女性を選んでいる可能性もあるし、学校や職場に将来高収入となる男性が多くおり出会いの機会が多い、といったことも影響しているのではないか。

ただし、男女で収入が増加するにつれて上昇する結婚確率の程度が違うことにも着目しておきたい。すなわち、男性は収入が上がるにつれて結婚確率が急上昇するが、女性は高収入になってもそこまで急激には結婚確率は増えない。これをみれば、高収入であることによって結婚確率があがる「高収入プレミアム」は、女性より男性のほうが大きいということは確かだと言える。

図表3 性・年齢・年収別にみた1年間の結婚確率item_works03_sakamoto02_sakamoto05_03.png出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」により作成

一方、男女で結婚戦略は大きく異なる

収入の上昇が結婚確率を高めるといった意味で男女間の差異はさほどないことを説明したが、一方で、男女で結婚戦略は大きく異なる。

図表4は男性の収入別に妻の収入をみたものであるが、男性は、自身の収入が500万以上であっても、収入が100万円未満や300万円未満の女性と結婚している。低所得者の男性が高収入の女性と結婚する場合もあるが、高収入の男性が低収入の女性と結婚する場合もあり、男性にとっては、女性の収入の多寡は結婚の意思決定において決定的な要因とはなっていない。

しかし、女性の収入別に夫の収入をみると、様相はがらりと変わる(図表5)。女性はすべての年収区分で、当該区分未満の年収の夫の割合が急減している。すなわち、女性は自身の収入未満の男性とは、まったくと言っていいほど結婚しないのである。最近では、高収入同士の夫婦はパワーカップルなどと呼ばれているが、パワーカップルを生む背景には、こうした女性の行動様式があるとみられる。

このような女性の行動は、世帯単位での格差拡大につながり、日本社会に深刻な影響を与えかねない。格差拡大に対して、課税単位を個人から世帯に変更することで、高所得世帯に増税し、低所得世帯に減税をすればよいという意見もあろうが、政策によって格差を是正することはそう簡単ではない。課税単位を世帯単位に変更すれば、高収入世帯が表面的に世帯を分離させることで課税を回避するなど、租税回避行動を誘発することにもなりかねない。世帯単位での格差是正のために乗り越えるべきハードルは高いのである。

図表4 結婚1年目の男性の配偶者(妻)の収入の分布(男性の収入別)item_works03_sakamoto02_sakamoto05_04.png出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」により作成

図表5 結婚1年目の女性の配偶者(夫)の収入の分布(女性の収入別)item_works03_sakamoto02_sakamoto05_05.png出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」により作成

女性の保守的な思想こそが、未婚率を上昇させている

少子化による経済の低迷や財政の悪化、男女のマッチングの変化による格差の拡大など、女性の社会進出が日本社会にさまざまな歪みを生んでいることはやはり事実なのではないか。しかし、だからといって、これを女性が社会に進出したせいだと捉えるのは誤りだ。今必要なことは、時代を巻き戻して女性の活躍を妨げることではない。変えるべきは、長時間労働や固定的な働き方を強いられる旧態依然とした日本の雇用環境であり、さらにいえば上述したような各個人の結婚に対する意識でもある。そして、それはまさに女性自身の問題でもあるのだ。

分析の結果からみえてくるのは、男性が女性より稼ぐべきであるという保守的な思想を頑なに貫いているのは、女性のほうであるということだ。少なくとも自分と同程度のキャリアを築き、高い収入を得ている男性としか結婚したくない。そういった思想が、高収入の男性の需要超過という現象を引き起こし、非正規雇用者をはじめとする低収入の男性の未婚問題を発生させている。

仮に、女性側がより柔軟に自分の収入より低い男性を結婚相手として選べば、高収入の男性と低収入の女性が結婚するように、低収入の男性と高収入の女性の結婚が実現し、現下の結婚をめぐるミスマッチは大幅に改善するだろう。

女性が仕事で活躍し、かつ、安心して子育てをするためには、まずは男性の働き方を見直さなければならない。そして、それと同時に、多少収入が低くても、男性のキャリアが女性のそれより多少見劣るとしても、柔軟な働き方を実現している男性を、女性はもっと評価したほうがよい。変わるべきは男性でもあり、女性でもあるのだ。

坂本貴志

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