Column

米国の最低賃金15ドルがもたらす労働力のシフトと技能教育
小原久美

日本の最低賃金は823円(※1)。また今年5月のアルバイト、パート募集時平均時給は全国で976円という報告が出ている(※2)。安倍首相は2015年に最低賃金を3%引き上げる方針を発表しており、人手不足も相まって時給は年々上昇傾向にある。
米国でも連邦政府の最低賃金を改定する機運が高まっている。連邦議会で「2017年最低賃金引上げ法(Raise the Wage Act of 2017)」の法案が提出されており、連邦最低賃金を現在の7ドル25セントから倍の15ドルに改定する動きが出ている。州単位ではすでにニューヨーク、カリフォルニア州が、都市ではサンフランシスコ、シアトルが最低賃金を15ドルに引上げることを議会で可決した。この15ドルという数字はファーストフードレストランの従業員など低賃金所得者による賃金引上げの大規模なデモのなかで生まれたようだ。
米国では連邦最低賃金と各州が設定する最低賃金が存在し、29州および首都ワシントンで連邦最低賃金より高額の最低賃金を設けている。そのため、最低賃金の全国平均は連邦最低賃金より高く、2016年時点では8ドル10セントである(※3)。

また米国では、顧客はサービス提供者にチップを支払うのが慣例となっているが、チップを除いた賃金の最低額も設けられており、連邦政府の定める金額は2ドル13セントである。チップを含めた合計賃金が最低賃金に満たない場合は、雇用主が差額を支払うことが義務付けられている。そのため、最低賃金が上昇した場合、チップを除いた賃金の最低額も引き上げられることが予想される。
最低賃金引き上げ賛成派は「賃金増加により、生活水準が上昇し、社会の格差が縮小する。購買力の増加は経済を活発にする」と主張する。米国のシンクタンクの調査(※4)によると、最低賃金の引き上げは全米の4,100万人の労働者に影響し、増額分は合計で1,440億ドルに上るという予測がされている。
一方反対派は「高い人件費は経営に影響を及ぼし、結果的に従業員は解雇される。特にレストラン・フードサービス産業で働く若者が仕事を失ってしまう」と真っ向から反対している。

レストラン・フードサービス産業の労働者
米国の調査会社(※5)の調べによると、全米でおよそ2,060万人の労働者が最低水準の賃金で働いており、時給で働く18歳以上の成人労働者の30%を占めている。
レストラン・フードサービスは最低賃金の労働者を雇用する最大の産業で、最低水準の賃金で働く労働者のおよそ18%である375万人を雇用している。2016年5月の米国労働統計局の調査ではファーストフードを含むレストランの店員の全国平均時給は9ドル84セントで、都市により時給に差がある。

最低水準の賃金で働く30歳以下の労働者の4分の1がレストラン・フードサービス産業に従事していることから、同産業は多くの若者を雇用し、安い労働力に依存していることがわかる。特にファーストフード業界の利益率は低く、米国の有名ファーストフード店では売上1ドルに対し、利益は6セントほどだという。その状況下で15ドルの最低賃金は経営に大きな打撃となる。雇用は減少し、若者は社会との接点を失う。労働者に代わり人工知能の利用や自動化が一層進むことが予想される。

自動化の影響
米国のコンサルティング会社(※6)は、今日のテクノロジーを使って、「一定した動きを含む肉体労働や機械操作の仕事のうち、78%の業務が自動化できる」と予測している。自動化の影響を最も受けやすいのが、レストラン・フードサービス産業で、技術面だけで考えると、同産業の73%の業務で自動化が可能といわれている。世の中で自動化の動きが高まり、機械がさまざまな仕事を遂行する能力を高めているなかで、最低賃金の上昇により企業は接客、調理、清掃業務の自動化に踏み切ることは想像に難くない。
図:業務が自動化される可能性が高い産業

鳥瞰虫瞰_$15表
出所:McKinsey&Companyのデータに基づき、リクルートワークス研究所が作成

実際に有名ファーストフード店では、レジ担当をなくし、顧客が機械を使って注文する実験が進んでおり、自動化で注文にかかる時間の短縮を見込んでいる。レジ担当の従業員は他の仕事に配置転換になるというが、次はどのような仕事に従事するのか、今後の労働力の行方を示す上で注目される。

労働力のシフトと技能教育
最低賃金の上昇は自動化を加速する。しかし、自動化が全ての仕事を奪うわけではない。反対に機械の管理や修理など、自動化に付随した新しい仕事が生まれる。
単純労働においてはコストおよび効率面から自動化の可能性が高いため、単純労働に従事する低技能労働者は、新しい仕事にシフトされる労働力の最有力候補となる。また現在需要のある仕事に低技能労働者をシフトさせることも考慮に入れるべきだろう。いずれにしても、労働力のシフトに伴い、低技能労働者が技能を習得する機会が必要だ。

近年米国企業は、労働者および学生に対する技能教育に力を入れ始めている。需要の高いテクノロジー技術を教育することで、低技能労働者の技能向上を図り、雇用を増やしている。企業と教育機関が連携して開発している技能教育プログラムも見られる。そのようなプログラムでは企業のニーズに合った教育が行われるため、企業が求める技能と労働者の持つ技能の格差を解消することができる。またNPO団体なども企業の支援を得て低技能労働者にテクノロジー関連技術の教育を行うことで、労働者の技能の底上げに寄与している。
これらの動きは政治を巻き込み、さらに拡大しつつある。
先日、中等教育機関で学問的な知識や仕事に使う技能を学ぶ労働者を支援する法律(※7)が連邦議会下院を通過した。政府の援助のもと、技能教育の促進、拡充が期待されている。

15ドルの最低賃金は、私たちに仕事の自動化が現実に迫ってきていると気づかせる契機となっている。仕事の自動化に備えて取るべき行動は、米国の例にあるように官民協同で、技能教育の仕組みを整え、労働者が新しい技能を習得することではないだろうか。

(※1)厚生労働省「平成28年度地域別最低賃金改定状況」全国加重平均額
(※2)リクルートジョブズ「2017年5月度 アルバイト、パート募集時平均時給調査」
(※3)Indeed Inc. “The Great Divide? How the Minimum Wage Impacts Red and Blue States”、 2016年10月
(※4)Economic Policy Institute “Why America needs a $15 Minimum Wage” 、2017年4月
(※5)Pew Research Center “5 facts about the minimum wage” 、2017年1月
(※6)McKinsey& Company “Where machines could replace humans-and where they can’t(yet)”、2016年6月
(※7)The Carl D. Perkins Career and Technical Education Act、パーキンス職業専門教育法

小原久美


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