研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.3人材不足でも「辞めた社員は二度と敷居をまたぐな」が続く不思議 中村天江

中途採用で知られる企業のまさかの発言

「わが社は中途採用でたくさん人を採っているし、数は多くないが、一度辞めた社員が再度、入社してくることもある。けれども、再入社した社員を現場が受け入れているかというと、そうとはいえない。周囲はかなり冷ややか」
会合でこんな話を聞き、驚いたことがある。確かに、新卒で採用した社員が定年まで働き、中途採用をしない企業のなかには、他社への転職者はまるで裏切り者で、「辞めた社員は二度と会社の敷居をまたぐな」という価値観が根づいていることがある。
しかし、この発言をした企業は、以前から中途採用に積極的で、先駆的な人事制度を導入することで有名だったからだ。

メンバーシップ型企業が重視する「組織との相性」

近年、人材不足が深刻になっている。49.9%の企業が計画通りの人数を採用できておらず、「確保できなかった」割合も、年々増加している(リクルートワークス研究所(2018)「中途採用実態調査」)。
ジョブ型の外資系企業と違い、メンバーシップ型の日本企業は、業務の役割分担をジョブディスクリプションではなく、組織の構成員の持ち味によって決める。そのため、採用の際、スキルだけでなく組織風土との相性も重視する。
実際、入社後に、企業特殊的な仕事の進め方や人間関係の構築をサポートしている企業の方が、転職者が活躍しやすい(※1)。職種やポジションによっては、入社後すぐに能力を発揮しようとするのではなく、まずは周囲になじむことを優先すべきとアドバイスされることもある(※2)。組織風土と相性のよい人材であれば、このような適応プロセスの手間を軽減できる。

組織に一番フィットする経験者はどこにいるのか?
「任せたい仕事の専門性を有し、組織との相性もいい人材」。かつてそれなりの仕事をして辞めていった社員は、その可能性が非常に高い。その人の能力や仕事ぶりは、一緒に働いていた社員が評価できる。
ところが、冒頭のケースのように、一度離職した社員の、再入社の門戸は必ずしも開いていない。子育てなど家庭の事情で離職した社員の再雇用に比べ、高い専門性やそれなりの管理権限をもっていた社員が他社に転職した場合は、とくにそのような傾向がみられる。
確かに、労働力人口が増加していた時代は、「出戻り社員お断り」でもよかったかもしれない。しかし、人口が減少に転じた今、新規で人材を確保する難易度は、年々上昇していく。出戻り社員を歓迎しない理由は、もはや存在しない。

「出戻り社員お断り」から「出戻り社員歓迎」へ
リクルートワークス研究所の「人材マネジメント調査2017」によれば、一度辞めた社員の再入社を認める制度を導入している企業は5割である。半数の企業には、一度辞めた社員を受け入れる制度がそもそもない。まずは、再入社できる環境を整える必要がある。

一度離職した従業員の再雇用制度出所:リクルートワークス研究所「人材マネジメント調査2017」

加えて、すでに制度を導入している企業にも、見直しが必要な点がある。まず、再雇用にあたって、おおやけになっていない内規をつまびらかにすることだ。例えば、「退職後○カ月はグループ企業内での再雇用は認めない」「再雇用する場合は1つ下の職位から」といった内規が存在する。このルールは、安易な離職の抑止、退職金の複数回支払いの回避、グループ企業間での人材の引き抜き合戦の防止などを目的に規定されている。
このルールの存在を、人事や管理職は知っていても、辞めていく社員は知らない。退職した企業だけならまだしも、雇用契約を結んでいなかったグループ企業にまで、入社の制限がかかっていることもある。その結果、配偶者の転勤にともないグループA社を辞めた社員が、転勤先でグループB社に応募したところ、不採用になるといった事態が発生している。再雇用に関するルールがあるなら、周知しておくべきである。そうでなければ、応募した個人も、選考する企業も、無駄足を踏むだけで、誰も得をしない。

さらに、再雇用されたとしても歓迎されない組織風土から、出戻り社員を積極活用する風土への転換も必要である。出戻り社員は、他社での経験を通じ、自社らしさのうえに、新たな風を吹き込む可能性がある。さらに、他社よりも自社に優れたことがあると感じたからこそ再入社してきたのであり、辞める前よりも組織に対するエンゲージメントも向上している。他社での経験は、裏切り行為ではなく、越境学習なのである。
出戻り社員を積極的な活用する組織風土に転換していくためには、経営や人事がその方針を表明し、出戻り社員を要職につけることが有効である。

「出戻り社員歓迎」は人材確保の切り札

人材獲得競争がますます熾烈になる今後、「出戻り社員」の積極的活用は、極めて有効である。今も、人材の流動性が高い外資系企業やIT企業は、一度辞めた人材を積極的に呼び戻している。今後は、高齢化により、介護や病気治療で離職する社員が増えていく。出戻り社員歓迎は、一層必要な施策となる。
2018年に厚生労働省から発表された「年齢にかかわりない転職・再就職者の受入れ促進のための指針」でも、「自社から転職(退職)した者等、社内・社外双方の経験を有している人材を積極的に評価し、再入社を可能とする制度を検討する。」とされた(※3)(※4)。
「離職者の積極的な再雇用」という観点から、現行の人事制度や組織風土を点検してみてはどうだろうか。

※1)リクルートワークス研究所(2016)「UIターン人材活躍のセオリー」
https://www.works-i.com/research/works-report/item/160407_uiturn.pdf
※2)中村天江(2017)「メンバーシップ型の日本での転職 ―「転職=即戦力」幻想の先へ」
https://www.works-i.com/column/policy/detail004.html
※3)厚生労働省「年齢にかかわりない転職・再就職者の受入れ促進のための指針」
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11602000-Shokugyouanteikyoku-Koyouseisakuka/0000200624.pdf
※4)企業には「採用の自由」があるので、候補者を全て採用する義務があるわけではない。

中村天江

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