Column

芸能人のトラブルから考える「個人と組織の契約関係」のこれから
中村天江

芸能人やスポーツ選手で相次ぐ契約トラブル
芸能人やスポーツ選手など、このところ、「個人と組織の契約関係」をめぐるトラブルが相次いでいる。中身を把握せずに結んだ契約や、過去の経緯や力関係の差によって、不当と感じながらも結ばざるをえなかった契約が、トラブルの元になっている。契約の履行そのものではなく、関連する業界慣習によって活動範囲が過度に狭められる事態も起きている。

契約をめぐるトラブルは、なにも芸能人やスポーツ選手に限ったものではない。ふつうに働いていても、解雇や賃金の未払いといったトラブルは、相当数存在する。
とくに今後、雇用形態が多様化し、フリーランサーのように雇用契約とは違う契約形態も拡大していくとなると、健全な「個人と組織の契約関係」が、一層、重要になる。「個人と組織の契約関係の多様化 ―健全な契約関係をいかに創り出すのか―」をみていただくとわかるように、もはや個人と組織の契約関係は契約形態の呼称だけでは判断できないほどに多様化し、契約に対する個人の理解や、交渉力の確保が喫緊の課題になっている。

このような個人と組織の契約関係の危うさを背景に、2017年8月、公正取引委員会に「人材と競争政策に関する検討会」が設置された。

「個人の交渉力は企業より弱い」だから、労働法がある
個人が契約について理解する必要性を、筆者が感じるようになったのには、2つのきっかけがある。

最初は10年以上前だろうか。会社の人事制度が変わるときに、先輩が「これって労働条件の不利益変更じゃないかな」と、ボソッとつぶやいたことだった。会社が提示した新たな人事制度は、会社が中長期的に成長していくためには合理的で、社員にとって、デメリットだけでなくメリットもあり、当時の私は、わざわざ意見を言うほどのことなのだろうかと不思議に思った。

ただ、なぜか、その後も「労働条件の不利益変更」というフレーズがずっと心に残っていた。そして、研究職になり労働法について勉強して、それがどれだけ重要なことか知った。個人と企業では、個人の方が、立場が弱いことがほとんどだ。そういう力関係を前提に、私たちが劣悪な環境や労働条件で働くことがないよう労働法は整備されている。あの一言は、労働法の根幹にかかわるものだと、その時得心した。

雇用安定が願いなのに、雇用期間を決める契約を理解していない現実
もうひとつ、労働者の契約理解の重要性を痛感したのは、1985年制定以来の抜本改正となった、2015年の労働者派遣法の改正にいたる過程においてだ。「派遣切り」が社会問題になったことが示すように、雇用安定は、派遣労働者にとって切実な願いだった。

だが、ある調査では、派遣先で働くことができる期間を決めている法律の「業務区分」を理解している派遣労働者は、5割に満たなかった。当時、派遣労働者は、26業務であれば期間の定めがなく、26業務以外の自由化業務であれば最長3年しか同じ派遣先で就労できず、派遣期間の長さが全く異なっていたにもかかわらずだ。

雇用安定を強く望んでいるのに、派遣期間に関する契約内容を半数近くが理解していない。こんな矛盾はありえるのだろうか。

労働法で守る、競争法で守る、皆で守る
働き手は、労働法によって保護されている。さらに前述の検討会では、独占禁止法や下請法などの競争法を通じて、個人の保護を強化しようとしている。事業者間の競争に関する規制を用いて、個人を保護しようとする取組みは、これまでにはなく、画期的なものといっていい。

法律は、事業者の法令順守と、個人の権利行使が揃って、初めてリアリティをもつ。そのため、健全な契約を広めるには、誰もが、労働法や競争法も含めて、契約について理解している必要がある。

それには、まず、働く個人に知識が必要である。さらに、発注サイドの企業の経営者や管理職、他の社員が契約について理解していることも重要だ。当事者個人だけでは、いざトラブルがあっても、たった一人でその問題に向き合わないければならない。しかし、周りの誰もがルールを理解していれば、組織内で法律からの逸脱にブレーキがかかるようになる。フリーランサーの契約実態においては、下請法が守られていないことが少なくなく、発注サイドのリテラシー向上は急務となっている。

「多様な働き方は、多様な契約の上に成り立つ」。2022年からは、高校で契約について学ぶようになるが、働き手のほとんどは、それよりずっと前に社会に出ている。教育改革とは別に、大人を対象に契約についての理解を深め、権利を行使するための施策の展開が期待される。

 

中村天江


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