研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.3なぜ、従来の在宅勤務制度ではダメなのか 萩原牧子

在宅勤務制度があるので、テレワークの対象者を広げる必要性を感じません――。ある大手企業の人事の方にいただいた意見だ。社内の雰囲気がとてもよく、会社に来て、同僚と顔を合わせながら仕事を進めるのが楽しい。わざわざ家で仕事をしたいと思わないし、もし、育児や介護で在宅勤務が必要になった場合は、今でも、申請して在宅勤務制度を利用できるのだから、全従業員がテレワークをできるようにする必要性はないのではないか。

人間関係が良好なのはすばらしい職場だとは思うが、必要になった人が申請する従来の在宅勤務制度では、それが「特別な人のための制度」である限り、従業員が生き生き働き続けることを阻害する可能性がある。その事象のいくつかを『全国就業実態パネル調査2018』(リクルートワークス研究所)を活用して示していきたい。

『全国就業実態パネル調査2018』では、勤め先が「職場以外の場所で働くことが認められている制度(=テレワーク制度)」を導入している場合に、その対象者の範囲や、自身がその制度の対象者であるか、などを聞いている。

テレワーク制度対象者の範囲が、従来の在宅勤務制度にあたる「育児と介護との両立が必要な従業員に限定」の場合と、「全従業員を対象」にしている場合とで、テレワーク実施者の仕事内容や仕事満足などの違いをみていきたい。その際、個人の条件を合わせて比較するために、勤務先が「全従業員を対象」にしている場合でも、集計は育児や介護を担っている人に限定する (※1) 。

自律的に取り組めるが難易度は低い仕事

まず、仕事内容をみてみよう(図表1)。自分で仕事のやり方を決めることができた割合 (※2)は、「育児や介護限定」が76.6%であり、「全従業員対象」(54.0%)より大幅に高い。つぎに、昨年と比べた仕事のレベルアップをみると、「育児や介護限定」のほうがレベルアップをしている割合が28.9%と、「全従業員対象」(45.0%)に比べて大幅に低い。

従来型の在宅勤務制度は、ライフイベントを経ても、離職せずに仕事を継続してもらうことに重点が置かれてきた。職場で働く大多数の人と離れて、自宅で仕事ができるように特別に配慮され、自分で判断して進めやすい仕事を多く担当するが、その仕事が本人の成長機会になるかまでは考慮されにくい。

一方で、「全従業員対象」のもとでは、あらゆる人がテレワークを行う可能性がある。それぞれの人に応じて、職場以外で自律的に行える仕事を切り出すという発想ではなく、すべての人が、遠隔でも自分で判断して仕事が進められるように、マネジャーが仕事の目的やゴール、質までも、明確に指示できているかといった、これまでのマネジメントのあり方そのものが見直される。もちろん、テレワークをしようが、本人の成長を考慮した仕事のアサインがなされることに変わりはない。育児や介護を担うからといって、過剰な配慮をされるわけではない。

図表1 仕事の自律性とレベルアップ(%)item_works03_hagihara02_hagihara09_01.jpg

正当に評価してもらえず仕事満足度も低い

つぎに、自分自身の働きに対する評価の納得度をみてみると、正当な評価を得ていたという割合 (※3)は、「育児と介護限定」は48.6%であり、「全従業員対象」(57.7%)と比べて、大幅に低い。仕事に満足している割合 (※4)も、「育児と介護限定」が43.5%で、「全従業員対象」(55.6%)より低くなっている。
従来の在宅勤務制度の場合、特別な制度を利用しているのだから、その人たちは、給料が低くてもしかたがないといった認識がまかり通っている場合がある。どれだけ質の高い仕事をしたところで、正当に評価してもらえないので、本人の仕事満足度も低くなってしまう。

一方で、「全従業員対象」の場合は、すべての従業員が、職場以外の場所で働く可能性がある。これまでのように働きぶりを見て、頑張りを評価することは不可能になるので、仕事のアウトプットの質で評価する方向へと、評価の見直しが迫られる。

図表2 評価の納得度と仕事満足(%)
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これまで見たように、従来の在宅勤務制度では、それを活用する人が特別扱いされ、限定的な仕事がアサインされて、正しい評価もされない場合があり、生き生きとは働き続けることを難しくする可能性がある。一方で、「全従業員を対象」にした場合は、だれもが働く場所を選べるだけでなく、これまでの曖昧で無駄を生じてきた仕事のアサインや、長時間労働の要因にもなってきた頑張っている姿を評価するといった慣行の見直しにつながる。

すべての人が制約をもつことを前提に

人手不足社会に突入し、「働き続けてもらう」だけでなく「価値を発揮してもらう」ことが重要になっている。すでに、少子化、そして、共働き世帯が増加し、だれもが介護を担う可能性がある。一部の特別な人を配慮するのではなく、すべての人が制約をもつことを前提に、だれもがテレワークを選択できるように環境を整えることが、自社の従業員が価値を発揮しながら、生き生きと働き続けること、そして、自社の生産性を高めることにもつながるだろう。

※1)末子2歳以下の子どもをもつか、自身が介護を担っていると回答した人に限定した。
※2)「自分で仕事のやり方を決めることができた」のかを「あてはまる」から「あてはまらない」まで5段階で聞く設問に対して「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と回答した割合。
※3)「自分の働き方に対する正当な評価を得ていた」のかを5段階で聞く設問に対して、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と回答した割合。
※4)「仕事そのものに満足していた」のかを5段階で聞く設問に対して、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と回答した割合。

萩原牧子

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