Column

変わりつつある労働政策のアプローチ
古屋星斗

「くるみん」というマークをご存じだろうか。子育てサポート企業として厚生労働大臣の認定を受けた企業が付けることができるマークだ。赤ちゃんが草にくるまれたようなピンクのマークを、企業のホームページやパンフレットなどで見かけることも多くなっている。今回は、この「くるみん」に代表されるような近年の労働政策のアプローチ、“誘因形成を重視するアプローチ”について考えたい。

これまでの“規範を作る”アプローチ
労働者と企業という、原理的に力関係が不均衡な二者の間の調整が、労働政策に求められる機能の一つである。
それゆえに、労働政策においては規範作りが重要となってきた。企業が従業員を雇用するにあたって守るべきルールを作る。これには、立法府が作る法律、行政府が作る政省令、ガイドライン、司法の判例など、様々なものが含まれる。ルールを作ることでそれを守らなかったものは司法・行政等の国家権力によって罰される、という仕組みを作ることで、従業員を雇用する企業等の組織の行動に対して一定の秩序をもたらすことができ、労働者が人間としてふさわしい生活を送ることができるようになる。

このように、労働関係法令においては、労働契約や就業規則で定める労働者の労働条件や待遇について時間、休日、賃金など様々な事項についてルールが定められている。近年でも、現政権における働き方改革の一環として、労働時間の上限が新たに規定されようとしている。

”誘因形成を行う”アプローチ
一方で、近年の労働政策の動きとしてこのような“規範の形成を行う”アプローチとは異なる動きがある。企業に対してインセンティブを与えることによって、その行動を誘導する“誘因形成を行う”アプローチである。

冒頭取り上げた、「くるみん」という認定制度の話をしたい。2003年に成立した次世代育成支援対策推進法(以下、「次世代法」)に基づき、「子育てサポート企業」として厚生労働省の認定がなされる制度で、2015年からは「プラチナくるみん」という上位認定規格も登場した。次世代法に基づき、一定以上の規模の企業は一般事業主行動計画(従業員の仕事と子育ての両立を図るための雇用環境の整備や、多様な労働条件の整備等に取り組むための計画)を策定する義務があり、計画が定められた基準を満たした企業についてこの認定を受けることができる。この認定制度の目的は、子育てサポート企業を公に認め、企業がこれをアピールできるようにする点にあり、従前の“規範の形成を行う”アプローチとは異なる。また、「くるみん」認定企業への特例として税制優遇措置(「くるみん税制」)も設けられており、認定を受けた企業を財務的にも後押しする仕組みを導入している。

つまり、法に定められた認定を受けることにより、自社のブランド形成や財務的な支援といった経営上のメリットが得られるような設計になっている。こうしてインセンティブを与える、これが“規範形成”アプローチに対する、“誘因形成”アプローチの特徴である。
なお、同様の例としては、「くるみん」の他にも、2016年に全面施行された女性活躍推進法に基づく認定制度「えるぼし」などがある。

また、良い企業・取組にインセンティブを与えるという制度と逆に、好ましくない企業・取組にディスインセンティブを与える制度もある。男女雇用機会均等法や、労働基準関係法令に基づいて、違反をした者を公表する仕組みである。厚生労働省は「労働基準関係法令違反に係る公表事案」という形で、いわゆるブラック企業リストを2016年10月の違反分より公表している。

規範を形成することにより直接的にルールを守らせるアプローチと異なり、企業のインセンティブにアプローチし企業の行動を変える。社会の複雑化による規制の機能不全、国家財政上の制約、こうした問題に対応するための方向性として、“誘因形成”アプローチは有効に機能する可能性がある。企業が法に反するような行動を取れば、市場価値が下がるという結果がもたらされるため、これを回避しようとする行動へインセンティブが働き、それは実質的にルールを守る行動となるのである。

例えば、長時間労働などを監視する労働基準監督官の人員増強がたびたび打ち出されているが、予算に限界がある以上、日本にあるすべての企業について監督官が眼を光らせるわけにはいかない。社会の複雑化・急激な変化に対して、行政が作るルール・規制での対応が困難になってきているなか、“誘因形成”によって企業の行動を誘導するアプローチは一定の妥当性があると言えるだろう。

“規範形成”と“誘因形成”、機能統合か分離か
検討すべき課題もある。
一つ目の課題としては、認定等によるインセンティブが整合的でないケースが存在する点だ。例えば、厚労省の「ブラック企業リスト」と、くるみん認定企業には重複がある。長時間労働等について違法な行為をした企業が、育児に優しいと認定されていることになる。もちろん、異なる法令に基づき認定されており、法的な整合性には問題がないが、労働市場において個人が働きやすい企業を判断するための目印となる、という意味においては大きな問題があると言えよう。同時に、企業に対するインセンティブ付与という意味においても、実態を完全に反映しているとはいえない認定スキームでは、企業の本質的な行動に影響を与えるというよりも企業の表層的な対応を惹起するのみで効果は限定的となる。これは、認定が一過性となっていることに起因しており、認定時点では(形式的には)できていた取組をいかに継続的・実質的に担保するか、の問題である。
企業に誘因を与え、市場を良い行動へと誘導するためには、認定について実効性をもたせることが重要となる。

これを踏まえて、二つ目として挙がるのが、規範の形成と誘因の形成、両面の機能を統合するか、分離するかというポイントだ。
行政機関において、“規範形成的”な行政を行う部門(規制部門)が、同時に“誘因形成的”な行政を行う部門(振興部門)であるという組織設計は、国・地方問わず広く見られる。認定計画や補助金・委託費、表彰制度、後援による支援などの振興策は、規制でカバーできない部分の役割を果たすことができる。社会の変化のなかで、一定の整合性を担保しながら目的を達するべく行政を行うためには、機能統合が求められるべきかもしれない。

その一方で、行政の規制当局と振興当局が一体的であることで、振興策に注力することで監督機能が正常に機能しない、問題視されるべき事象が見過ごされる、などの事態も起こっている。行政の役割が規制の枠作りだけに留まらなくなっている今、“規範形成”と“誘因形成”の行政機能について、統合・分離の望ましい在り方を検討する必要がある。
特に、労働政策は労働者の仕事を規制・監督しており、その内容については人間の生命・身体・財産に極めて重大な影響がある。例えば、個人のキャリア形成の支援という意味では“規範形成”と“誘因形成”を統合的に提供するのが有効な一方で、企業における労働環境の監督の面では分離的な体制での厳しいチェックが重要となる。政策目的を見定めたうえで、双方の機能のメリットを十分に活かすための行政組織の在り方、政策のポートフォリオの検討が求められている。
 

第4次産業革命、人生100年時代、キャリアの自律。新しい時代の到来は、新しい働き方をもたらし、そして新しい規制・支援を必要としている。ルール作りとインセンティブ設計をうまく組み合わせて、新時代にフィットした政策が求められている。

 

古屋星斗


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2017年12月14日