Column

テクノロジーの進化によって個人の「学び」はどう変わるのか
辰巳哲子

テクノロジーは人の働き方を変え、「学び」を変える。テクノロジーと学びについての議論の中でホットなのは以下の2つの問いだろう。

(1)    テクノロジーはいかに学習の効率を高めるのか
(2)    テクノロジーの進化により、どのようなスキルの必要性が高まるのか

この2つの問いはともに壮大なテーマであり、まだ議論は始まったばかりである。本コラムでは筆者が今年の3月に参加したアメリカのテクノロジー×教育のイベント、SXSWedu(サウス・バイ・サウス・ウェスト・イーディーユー)での発表も引用しながら、いま議論が進んでいる内容について考えてみたい。

ビッグデータによる学習効率の分析
学習のビッグデータを解析し、学習効率をあげる試みが始まっている。リクルート次世代教育研究院では、小学生から大学生までを対象にしたオンライン学習ツール『スタディサプリ』の運営で得られた学習履歴データを活用し、ビッグデータを解析することによって、学習効率をあげようとしている。

tatumi2数学で学習している要素を関連性でマッピング

具体的には、個人の学習ログを使って、つまずきの原因となる単元を明らかにし、ある知識の前提となっている知識が何か、どのような順序で学習することで効率的に学習効率をあげることができるのか、といった研究を進めている。分析の結果から、数学と歴史では望ましい学習の進め方が違っており、歴史の場合は構造の捉え方を先に学んだ後に各時代の学習を進めるのが効果的だという指摘もある(リクルート次世代教育研究院,2017)。このような解析が進めば、教科の中でコアになる単元がどこか、教科を超えて関連する学習は何かといったことが、科学的なエビデンスを伴って明らかになることだろう。また、個人で学んだほうがよいこと、グループで学んだほうが理解が促進されること、どのような問いを出せば学習を深めることができるか、など学習形態や介入の在り方も変わってくるだろう。そして、今後はさらなる学習の個別化も進む。ビッグデータは、個人の学習特徴を明確にし、その特徴を前提とした学習機会が提供されるようになるだろう。

SXSWeduでの議論
今年の3月テキサス州オースティンで開催されたSXSWeduに参加した。このイベントは昨年の実績によると4日間で400を超える学習関連のセッションが開催され7500名が40の国や地域から参加していた。教育界の新たな動きをキャッチアップする場として有名だ。セッションでは、教育にVRをどう効果的に使うか、AIは教育にどのようなインパクトを及ぼすか、テクノロジーは格差を解消するか、Pixarによる数字とアートを中心としたプロジェクト型授業プログラムの紹介、社会問題に向かうスキルをどう獲得するか、大学のカリキュラムと獲得したコンピテンシーの接続法、テクノロジー時代のテストの在り方についてなど内容もバラエティに富む。
以下では、SXSWeduで紹介されたテクノロジーのインパクトのうち、AI時代に必要なスキルについての議論をとりあげる。

AI時代に必要なスキルについての議論
Intelligence Unleashed: An Argument for AI in Education(インテリジェンスの開放:教育におけるAIの議論)では、ノースイースタン大学のLaRock教授からAI時代に大学で獲得することが必要なリテラシーが紹介された。考えのベースとなっているのは、AIの進化とともに、人は与えられた仕事をするのではなく、自身で仕事を生み出すことが求められるという予測である。

第1にコンピューターリテラシーを高め、AIがどのようなもので、どのように機能するのかということを知る必要がある。第2にはデータリテラシーである。これはAIとビッグデータの分析理論がいかに実社会で使用されるかを理解することであり、アルゴリズムの理解だけに留まるものではない。大学教育では、特定の学科に関連する知識や能力を教えるだけではなく、複数の学問分野や機能分野のつながりを考えることができる高位のメタ認知能力の獲得を促進する機能が必要になるだろう。そしてこうしたリテラシーを支えるのは、個人のヒューマンスキルである。

AIの時代に人が力を発揮する場面とは、新しい何かを生み出すこと、例えば新たな仕事を始めること、企業内で新しい事業を作り上げること、これまでとはまったく異なる新しいアイディアについて意思決定を繰り返しながら形にすることである。これらは人にしかできないことである。また、こうしたことを実現していく上では、新たな何かを生み出していく能力に加えて、世界各地の多様で文化的な考え方を尊重する能力、各地の文化的背景に応じて起こる社会問題をビジネス分野と統合する能力が求められる。創造性と精神的な柔軟性、起業家精神が必要となるだろう。これが、LaRock教授の主張のポイントである。

データリテラシーやロジカルシンキングの知識が課題解決のための「外的なスキル」だとすると、社会に新たな価値を生み出すためには「こんな社会にしたい」「そのために自分はこうありたい」という個人の信念やアイデンティティにかかわる「内的スキル」が必要だ。その個人がどのような社会を創造したいのか、それにどうコミットしたいのかということがこれまで以上に問われてくるだろう。そしてこれからの学びではこうした内的スキルをいかに獲得していくかといった視点が重視されなければならない。

内的スキルを磨く時代へ
1900年代は「指導者は学習者に対しどのように教えれば知識やスキルが効率よく伝わるか」ということが主に認知科学の分野で研究されてきていた。この研究が行き詰まりを見せたのが1980年代だと言われている。これ以降の日本ではずっと主体性や学習意欲に関する議論が続けられてきていた。
主体的・意欲的であることと、「こんな社会にしたい」「そのために自分はこうありたい」という個人の信念やアイデンティティにかかわる「内的スキル」は密接に関連している。
内的スキルは、外発的な動機づけ(例えば、課題をクリアしたら昇進の機会がある、タスクが終わったら褒められる)だけでは刺激されないため、これまで以上に個人の内面に働きかける必要がある。個人の内側にある信念や使命をいかに引き出すのか、未来の学びの課題はここにある。tatumi

当研究所においてもテクノロジーが未来の学びをどう変えていくのか、議論を進めている。「内的スキル」を磨く時代に向けて、生涯にわたる学習がどう変化し、そのためにどのような学習機会が求められるのか、今後提案していく予定だ。

参考:Pearson,Intelligence Unleashed: An Argument for AI in Education (and why it matters for employability) 、 Sxsw,2017

辰巳哲子


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2017年05月24日