研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.2基礎力再考:高校生の基礎力レベルを考える 辰巳哲子

今回のコラムでは、公立高校と一緒に実施した、高校段階での基礎力獲得のプロセスを示した調査について取り上げる。

近年、学校で実施されているキャリア教育は、職場体験やインターンシップといったある種「わかりやすい」行事だけでなく、対人・対自己・対課題基礎力の獲得につながるような活動をおこなうことが国から求められている。

基礎力というのは、すべての働く人に必要な、職場で求められる基礎的な能力のことである。これまでにも学校教育に対してこうした基礎力の育成が求められてきているが、2000年代以降は、基礎力、ジェネリックスキル、エンプロイアビリティ、そして、就学前教育において話題に上ることが増えた非認知能力など、入試制度改革を目前に控え、測定することが難しい「能力」についての議論は、教育現場でますます活発になっている。

労働市場で求められる能力と学校教育の関係

このような、労働市場で求められる能力を学校教育で獲得させようという試みは1920年にはアメリカで始まっていたといわれている。アメリカでは1957年のスプートニクショック以降、1960年代には、学校教育の社会的説明責任(accountability)の強調、教育における経済的価値の重視、教育と地域社会の連携の強化を背景に、"competence-based education"が本格的に議論されはじめた。時を同じくして、1960年代に発表された多くの研究結果もコンピテンシー教育の導入を後押しした。この時期には、旧来の学問的適性テストや知識内容を問うテスト、学校の成績や資格証明書は、(1)職務上での業績や人生における成功は予測し得ないこと(2)マイノリティ、女性、または低い社会経済的階層の人たちに不利をもたらすことが多いことが示された時代でもあった。

1970年代には、マクレランドが、成功する外交官の特性を明らかにし、採用に活用するためのコンピテンシー理論を開発している。コンピテンシー理論は学校教員養成プログラムや職業教育・訓練、特に大学と産業界やビジネスと専門職団体との連携に用いられるようになり、その後1990年以降、労働市場で求められるベーシックなスキルを言語化し、教育現場との接続をはかろうとした試みがアメリカ(ベーシックスキル)・イギリス(キースキル)・オーストラリア(キーコンピテンシー)、そしてアジア各国においてもコンピテンシーを基盤とした教育の進展がみられることになったのである。

基礎力に含まれる要素

労働市場が学校教育に求める基礎力は、各国で様々な定義がなされているが、その要素は共通している点が多い。以下はオーストラリアで整理された各国の基礎力に含まれる要素である。

出典;NCVER,2003,Defining generic skills ;At a glance

学校でどのように育成するのか

冒頭に紹介したように、学校のキャリア教育では基礎力の養成が求められている。しかし、キャリア教育というのは、教科書もない、教わった経験もない教育なので、多くの学校教員からしてみると、最初はどこから手を付けたらいいものかがわからず、教師間で検討を進めるうちに「お手上げ」になってしまうことも多い。何より、学習者である生徒自身の問題なのに、生徒自身は自分がどこを目指せばいいのかわかっていない。テストの合格ラインは目標設定しやすいが、想定しづらい能力については目標設定が難しい。

そこで、今回基礎力ルーブリックテストを試案として作成した。
高校版ルーブリックは、大学生を対象に作成された基礎力アセスメントテストPROGで蓄積されたデータを参照しながら、以下の手順で作成された。PROG では、大学生のコンピテンシーを7 段階で設計しており、対人基礎力・対自己基礎力・対課題基礎力の各項目それぞれについて、レベル1~レベル7 までの各段階で何がどれくらいできる状態なのかを定義している。そして、一般的な大学生の基準値が、7 段階中の中央である、4 になるように設計している。高校版ルーブリックではPROG の結果を基に、高校生段階における基準をコンピテンシー別に設定。具体的には、高校版ルーブリックは5 段階なので、大学生の3 のレベル(基準値より1 段階下のレベル)を5 段階中の4 になるよう作成した。ルーブリック調査票の作成には、共同研究先である公立高校7校で実施したデータを活用している。

調査票やハンドブックは、「中間報告」としてリリースしているので、ぜひご意見をいただきたい。今後、学校教育の中にどのような活動を埋め込むことが、生徒の基礎力に影響するのか、今年度は2年目の取組として、生徒の基礎力に影響する学校での活動をケースとしてまとめていく予定である。

辰巳哲子

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