Column

ピープル・アナリティクスは、職場深化の「間術」か「奇術」か?
藤井薫 

間合い、間が差す、間柄…
目に見えない「間術」を制する国

間合い、間延び、間抜け。
間違い、間が悪い、間(魔)が差す。
世間、仲間、間柄……。

ほとほと私たち日本人は、「間」に囲まれながら生きている。「間」抜けが過ぎれば、時に笑いを誘う社会の潤滑油になり、「間」締め(真面目)が過ぎれば、時にKYな奴と集団的な生け贄として放逐される。さらに「間」を見くびれば、死を引き寄せることにもなる……。

「ちがふ拍子をわきまへ、大小・遅速の拍子の中にも、あたる拍子をしり、間の拍子をしり、背く拍子を知る事、兵法の専也」。宮本武蔵『五輪書』の一節だ。

「間」を制するものこそ、人生を制する。
「間」に向き合う「術」。「間術(魔術)」。
この繊細で美的な質感を伴う「間術」こそが、武道、能や狂言、歌舞伎、茶道、華道などの伝統芸能を高め、さらに、笑いや映画などのエンターテインメントやスポーツ、企業活動のパフォーマンスや日常生活の質を大きく左右する重要な概念であるということは、多くの読者の方々も実感することであろう。

「間術(魔術)」の深淵なる所以は、英語でいうタイミングやスペース、テンポやリズムといった、定量明示的でかつ等間隔性、等距離性をもった概念とは異なることだ。武道の間合いも、間(魔)が差す理由も、親しい間柄も、定量的に計測し、再現するのは極めて困難だ。全ては、場や文脈の空気、主客や集団との関係といった、目に見えない空間・時間・人間(じんかん)によって定性暗示的でかつ不規則に変化してしまう概念なのである。

さらに、目に見えない「間術(魔術)」に向き合う者は、それこそ人生を賭して、間合いを詰めなければならない。間を制することのできる宮本武蔵や千利休。イチローや北野武といった超一流の個人なら話は別だが、これを誰もが再現性ある「術」として証さなければならない学者やビジネスパーソンは、時に「間術(魔術)師」ならぬ「奇術師」的な奇異の視線を浴びせられることを歴史が語っている。

昨年ノーベル物理学賞で話題になった素粒子ニュートリノも、その観測困難性から「幽霊粒子」と呼ばれ、梶田教授は「幽霊粒子の研究者」と呼ばれていたし、また、精神分析の創始者フロイトが唱えた無意識の構造も、当時、似非科学と非難され「Fraud(詐欺師)」と揶揄されている。人類の智の地平を拓き、人間活動の質的向上を引き寄せる「間術(魔術)」ではあるが、それに近づくのは危険極まりないのである。

空間・時間・人間(じんかん)
「間」を制するものが人事を制す

上記とは雲泥の差だが、筆者自身も、見えない「間」を証す困難に翻弄された人間だ。

「アルミナ粉体のレオロジー特性と最終焼結体の微細構造との相関関係」……。お恥ずかしながら、理工学部応用化学科セラミック研究室での卒論のテーマである。簡単にいえば、粉と粉を液体で混ぜ合わせ、炉で焼いて、瀬戸物をX線や電子顕微鏡で覗いて、ニヤニヤする研究だ(研究者の皆さん、すみません;)。真面目に言えば、最終焼結体のアルミナの特徴は、機械的強度、電気絶縁性、高周波損失性、熱伝導率、耐熱性、耐摩耗性、耐食性と多様で、その成果は、ファインセラミックとして、自動車部品から医療機器まで広くITC社会を支えている。

そして、面白いのは、まさに粉と粉の「間」なのである。最終焼結体の構造や機能は、粉の粒度や接着剤(バインダー)の種類や粉と粉の間の流動特性(レオロジー特性)に相関するのだが、これが「間」の少しの流動状態の変化で、大きく変わってしまうのだ。レオロジー(rheology)。それは、物質の変形および流動一般に関する「流動学」とも呼ばれ、ヘラクレイトスの有名な言葉“panta rhei”「万物は流転する」による造語。だが、まさに、「間」の関係は流転し、一瞬たりとも不変ではいられないのだ……。

なんだか奇人のコラム(奇術)になっているようだが、いたって真剣なのでご容赦いただきたい。そして、いよいよ人と組織に言寄せたい。

今巷では、ビッグデータによる職場の人間科学、いわゆるピープル・アナリティクスの地平が開かれようとしている。ウエアブルセンサーをはじめとした、人と人の「間」、つまり人間の行動を測定し科学的に分析する、新しい「間」のレンズを手に入れることによって、人々のハピネスや組織の集合知や生産性を飛躍的に向上させる組織革命への取り組みが始まろうとしている。

センサーやコミュニケーションデータの分析が浸透すれば、組織統廃合のマネジメントも一変するかもしれない。少なくとも公式な組織図の重要性は薄まり、何か月もかけて組織図を作り、人選を練り、オフィスレイアウトを設計する固定的な組織設計の風景は、旧来のものとなるかもしれない。また、リーダー人材の評価や能力開発も進化する。目に見えやすい業績評価だけでなく、メンバーとの関わりの質といった、目に見えにくかったコミュニケーションとパフォーマンスとの相関分析が、新たなタレントの発掘や評価育成を可能にする。

昨年弊所シンポジウムのセッションでご一緒させていただいた、日立製作所 中央研究所・主管研究長 矢野和男氏による“エビデンス・ベースドHRM”への人事プロフェッショナルの方々の期待も、今後のHRMの大きな転換点を予見していた。

人と人の「間」を制するものが、人事を制する。人と人の「間」を科学するものが、組織の生産性と創造性を向上させる。

データによる組織生産性の可視化と最適化と自動化。“エビデンス・ベースドHRM”。
その「間」の術が、今、人事プロフェッショナルの手に渡されようとしているのだ。

しかし、そこには困難も予想される。想定される課題は三つ。

1)「間」は、肉眼では見えない
2)「間」は、流転する
3)「間」術師は、奇術師と揶揄される

精神医学者 V.E.フランクルは、「Home patiens(苦悩人)」の価値の序列は、Home faber  (道具人)」のそれより高いと語った。仮に奇術師と呼ばれようと、道具に溺れず、共に「間」に苦悩する「Home patiens」なる人事プロフェッショナルにこそ、人と人の「間」を制するチャンスが舞い降りるだろう。

「間」に向き合う人事が、粘り強く、この「間術」を深化するための方法を、今後もWorks本誌を通じて探って行きたいと思う。是非、苦悩の間近を共有いただきたい。

最後に。「間」の会意は、「門」と「月」。門の間から月の光が差し込んで「間」という意味を表したものだという。太陽のような強い光でなく、月明かりのような柔らかい光にこそ、人と人の「間合い」を詰める人事の要諦があるのかもしれない。

藤井薫


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2016年04月06日