研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.2就職先延ばしは不利になる?就職留年と既卒のその後 萩原牧子

興味がある企業はいくつか受けたが、うまくいかなかった。いまは就職活動に身が入らないし、留年するか、卒業してから、じっくり探そうと思う――。こんな就職相談を受けたら、どう答えるだろう。本人の気持ちもわからなくはない。けれども、日本の大卒採用の仕組みの下では、その意見を素直には応援できない現状がある(※1)。

新卒一括採用システムの流れ

多くの日本企業では、大学を卒業した者を「新卒」として、卒業して間もない4月に一斉に入社させるという採用システムをとっている。大学生は在学中に一斉に就職活動の時期を迎え、卒業までの間に就職先を決める。もし、この流れに乗らずに、卒業してしばらくの無業期間を経て就職しようとする場合には、企業からは「既卒」として扱われ、新卒採用の枠には入れない場合も多い。他にも、留年して大学に留まりながら、学生という立場を維持しつつ、下の学年と同じ時期に「新卒」として就職活動をするという選択もある。ただ、このようなケースでは、企業は留年経験をネガティブに評価するかもしれない。

実際に、「ストレート就職(流れに乗り大学を4年で卒業してすぐに就職した者)」と比べて、「留年」や「既卒」を経た人たちの働き方は、その後どうなったのだろうか。ワーキングパーソン調査(2014)を活用して、彼女・彼らが卒業後に正社員として働く確率を求めることにした。ここでは、初めての仕事(初職)で正社員になった確率と、現在正社員である確率を示し、学卒直後の短期的な影響と、現在までの長期的な影響の両方を検証してみたい(図表)(※2)。なお、分析に際しては、個人の元々の能力差などの影響は可能な限り取り除いている(※3)。

既卒や留年のその後

まず、初職での正社員確率をみると、「既卒」は「ストレート就職」組に比べ、文系その他で36.9%、理系で27.9%も初職正社員で働く確率が下がる。「留年」も同様に、文系その他で16.1%、理系で11.3%確率が下がる。さらに、現在の正社員確率をみると、「既卒」は、卒業学部にかかわらず、正社員確率を下げる効果が残存していて、「ストレート就職」と比べて、文系その他で11.0%、理系で12.7%正社員確率を下げている。「留年」の現在の効果は、文系その他の場合に観察され、10.2%正社員確率を下げている。つまり、「既卒」や「留年」の経験は、短期的のみならず長期的にも正社員として働く確率を下げている。

図表: 正社員確率(ストレート就職組との比較)卒業学部別
item_works02_hagihara06_column_chukan_161208nagihara00.png※プロビット分析で5%水準で有意であったもののみ表示。すべて「大学4年卒ストレート就職」との比較

日本に特有の新卒一括採用システムは、若年者にとって学校から職場への移行をスムーズにするという点で、若年失業率の高い海外からは評価されてきた。しかし、この分析からは、企業による選抜が在学中の一時期に集中的になされることで、そこから漏れた「既卒」や「留年」といった選択をした場合に、その後の働き方が長期にわたって影響を受けるという、現在の大卒採用システムの負の部分も明らかになったといえる。

景気に影響を受ける就職活動期の選択肢

景気の低迷期には企業は採用活動を縮小することもあるから、就職活動の選択は景気動向に大きく影響を受ける。たとえ優秀な人材であっても、景気によっては「既卒」や「留年」を選択せざるを得ない場合もある。けれども、いまの日本の新卒一括採用システムの下では、一度その流れからから外れてしまうと元に戻れない。逆に、企業の側から見れば、本来ならば採用すべき優秀な人材の取りこぼしが起きている可能性も否定できない。

この問題に対応すべく、平成20年から厚生労働省は既卒3年以内のものを新卒者扱いで採用する企業に奨励金を出すなどの既卒者の就職支援をはじめた。しかしながら、労働経済動向調査(平成28年8月)によると、過去1年間に新規学卒者の採用枠で正社員を募集する際に、既卒者が「応募可能だった」とする事業所の割合は43%と、調査を開始した平成20年以降でもっとも高くなったものの、「採用にいたった」のは全事業所の22%に過ぎない。

過去のたった一度の選択で、その後の働き方までもが決まってしまう社会に活力は生まれない。新卒一括採用システムの負の部分を見直し、いつでも再チャレンジ可能な社会を実現することは、個人にとってだけでなく、優秀な人材を活用したい企業にとっても有効であることに間違いはない。

(※1)本コラムは「大学進学者の就職時期を延ばす選択がその後の就業や年収に及ぼす影響」(太田聰一氏と共著)の内容の一部から作成している。
(※2)分析対象は50歳未満で、ライフイベントの影響を受けにくい男性に限定した。
(※3)プロビット分析の説明変数として、週労働時間、中学3年生時の成績(自己評価)、大学3年時の求人倍率、そして、本コラムでは割愛したが、先延ばしのもう一つの選択肢として大学院2年進学ダミーを投入している。

萩原牧子

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