Column

ピープル・アナリティクスは、プレゼンティーズムを解決できるか?
清瀬一善

皆さんは「プレゼンティーズム」という言葉を聞かれたことはあるだろうか。この言葉は、「欠勤するほどではないものの、心身になんらかの不調があるために、業務の効率が落ちている(≒生産性が下がっている)」状態を指す。近年、医学界だけでなく、産業界でも注目されている概念であり、いわゆる「アブセンティーズム」(心身の不調に伴う度重なる欠勤)と対になる概念である。

「健康経営」というと、ついつい「アブセンティーズム」の解決を目指しがちであるが、東京大学政策ビジョン研究センター・古井氏によれば、実はアブセンティーズムよりも、プレゼンティーズムの方が、会社が負担する健康関連のコストは高いという。肩こりに悩まされて能率が上がらない同僚、午前中からあくびばかりしている後輩。皆さんの周りにもいないだろうか。もしくは、ご自身がそうなっていないと言い切れるだろうか。

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これまでは、把握が難しかった「プレゼンティーズム」
長年、プレゼンティーズムの解決のためには、アンケートや面接による追加調査が必要と言われていた。その理由は、欠勤を伴うアブセンティーズムであれば、勤怠データの分析によって実態を人事部門でも把握できていたのに対し、プレゼンティーズムについては、問題なく出勤はしていることから、人事部門が保有する既存の客観データだけでは問題を顕在化することが困難であったためである。しかし、この方法では、個々人の心身の状態を正確に計測することは困難であるという指摘も度々なされていた。なぜならば、アンケートや面接では、「被験者が本音を言わない」「本人の認識にバイアスがかかっている(実態以上に健康/不健康であると思い込んでいる)ことがある」といった問題を乗り越えられないからである。加えて、調査の実施機会・頻度にも限界があることから、把握できるのは過去の実態のみで、「今・ここ」で起こっている問題を把握しきれないという問題も発生していた。

ピープル・アナリティクスが、プレゼンティーズムの実態を明らかにする
この問題を全て解決できる可能性を持っているのが、ピープル・アナリティクスである。では、どうすれば可能になるのか。そのためのツールが、近年、Apple Watchの登場を機に注目されつつあるウェアラブル端末である。近年発売されたウェアラブル端末は、IoTとしての側面を持ち、バイタルデータ、睡眠データ、移動データ等といった心身の健康状態に関わる主要データを客観的かつリアルタイムで把握することができる。

加えて、近年ではPCの操作履歴やメールの送信履歴といった、今やホワイトカラーの業務に必要不可欠となったPCの使用実態まで把握することができるようになっている。これらのデータを収集・分析することによって、睡眠不足や体調不良により、生産性が下がっている社員を、リアルタイムで特定することができるようになるのである。しかも、「一日の睡眠時間が6時間を切っている」「安静時の心拍数が100を超えている」といった一律の基準に当てはめるだけではなく、個々人の平常値からのかい離からも、異常を発見できるようになるのである。

これが実現すると、各人の肉体・精神的な「疲れやすさ」「集中力の持続性」を考慮して、「今日は早く帰った方がいい」「今日は集中して資料作成をこなした方がいい」「今日は会議の予定を多めに入れても大丈夫」などのレコメンドサービスが実現されるだろう。

このサービスを実現するためには、きわめて秘匿性の高い個人情報である社員の健康情報を会社が把握・管理する必要があるという大きなハードルがある。しかしながら、逆に考えると、このハードルさえ乗り越えれば、個人にとっても、より生産性が高まり、毎日気持ちよく出社できるようになることから、たとえば、「取得したデータは個人の評価・処遇には使わず、個人の支援にのみ活用する」というようなデータ活用ビジョンを社内外に宣言してみるというのはどうだろうか。そうすることで、多くの企業がこのハードルを乗り越えて、ピープル・アナリティクス普及につなげてもらいたいものである。

健康経営を突き詰めると、「パーソナライズド人事」に行き着く?
少し飛躍するが、こうしたピープル・アナリティクスを活用したプレゼンティーズムへの介入は、健康経営の効率を高めるだけでなく、突き詰めると、人事・処遇の個別化が実現される「パーソナライズド人事」の実現に寄与するのではないかと考えている。というのも、「疲れやすさ」や「集中力の持続性」が個々人で異なるように、「最適な働き方」というのは、おそらく個々で異なるからだ。ピープル・アナリティクスを起点として、個人の「最適な働き方」に着目した新しい人事管理のあり方が遠からず発明されることに期待したいし、筆者個人としても、その開発に主体的に関わっていきたいと考えている。

清瀬一善


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