Column

人手不足・採用難により、変質しつつある日本の労働市場
戸田淳仁

人手不足や採用難が依然として続いている。リクルートワークス研究所が調査した中途採用実態調査(2015年度実績)によると、正社員の中途採用実施した企業のうち4割は人数を充足できていないと回答しており、応募者をなかなか集められない状況が続いている。2016年に入って進んでいる円高や株安により景況感の先行きが不透明になりつつあると言われている中でも、依然として採用難が続く一方で、企業の採用意欲が衰える気配はない。

日本の労働市場について、景況感とあわせて言われてきた関係性がいくつかあるが、それらが成立しなくなってきている。その意味で、日本の労働市場は変質しつつあるのではないだろうか。この点について、賃金・労働時間の動向から見ていきたい。

企業の採用意欲が高くても上がらない賃金
一般的には、景気が良くなり企業の採用意欲が高まると、賃金が上がるという関係が見られる。それは、経済学的な説明によると、企業が採用を進める中で賃金を高めるなどの条件を良くしないと人材が集まらない関係があるからである。しかし、2013年以降の景気動向を見ると雇用者数も増え企業の採用意欲は高まっていると言えるが、賃金はそれほど上がっていない。図表1の毎月勤労統計調査によると、実質の(物価上昇率を除去した値)賃金水準は2013年と2014年においてはマイナスとなる月が多く、名目でもほぼ0.5%を推移しており、賃金が上昇していたとは言えない。2015年に入り、原油価格の下落などが影響し物価上昇率が落ち着いたため、名目と実質の賃金のかい離がみられなくなった。2015年においても、賃金が上昇しているとは言えない状況である。

図表1 現金給与総額の増減率(対前月比)

出所)厚生労働省「毎月勤労統計」 ただし、2016年5月は速報値出所)厚生労働省「毎月勤労統計」 ただし、2016年5月は速報値

背景としていくつか言われていることがある。
1つは非正規雇用の増大である。正社員と比べて賃金の安い非正規雇用が2013年、2014年にかけて増加したため、平均賃金を算出すると低くなるという傾向が見られる。図表2を見ると、2013年、2014年において、雇用者の増加の多くの割合が非正規雇用の増加であり、逆に正規雇用の人数はこの2年間で減少している。非正規雇用の賃金は、リクルートジョブズの「パート・アルバイト募集時平均時給調査」を見ても増加はしているが、正社員に比べては低い水準である。
ただし2015年に入り、正規雇用の増加が非正規雇用の増加よりも上回っているが、正社員の中でも第二新卒を中心とした未経験者の採用が増えているため、賃金は上昇していない。

2013年以降に企業の採用意欲が高まっている中で、過去の状況と比較して特徴的なのは、第二新卒を中心とした未経験者の採用が進んでいないことがある。これまでは人数を確保することにより関心があったために、経験者・未経験者を問わず採用していた。しかし2013年以降は人数を確保よりも、自社にとって必要な人員が見当たらなければ採用しないスタンスをとる企業が多かった。そこが2015年あたりから採用難が厳しい企業を中心に未経験者も含め正規社員として採用するようになったといえる。

図表2 正規・非正規雇用者数の推移、対前年増減数(15歳以上、男女計)

出所)総務省「労働力調査」出所)総務省「労働力調査」

もう一つは経済の先行き不透明のために賃金引き上げに慎重な態度がみられることだ。恒常的なコストになりうる人件費増加を、景況感が着実に良くなり見通しも確かにならない限り、慎重に対応する態度が見られる。特に一部の日本企業は海外売上比率が半数を超え、企業の業績は海外経済の動向にも大きく影響するようになった。日本経済のみならず世界経済の動向を見て、判断しているといえる。

ワークライフバランスの進展により労働時間も増加しない
もう一つは労働時間の推移である。一般的に言って、景気が上向くと、企業はまず既存の従業員の残業を増やすなどの対応をする。結果として、残業時間や労働時間が増加する。景気が上向いている2013年以降の動向を見ると、労働時間が増えているとは言えない。図表3は総実労働時間の推移を見たものであるが、年率で見ても2012年は+0.5%と増加したが、2013年-1.0%、2014年-0.4%、2015年-0.3%と減少している。

図表3 総実労働時間の増減率(対前月比)

出所)厚生労働省「毎月勤労統計」 ただし、2016年5月は速報値出所)厚生労働省「毎月勤労統計」 ただし、2016年5月は速報値

その背景として、ワークライフバランスが重要だという認識が高まるだけでなく、ノー残業デイを設ける、部下の労働時間を上司の評価項目の1つとして設定するなど、長時間労働の削減など企業側による取り組みも進んできていることがある。本コラムでは働き方改革の是非を議論しないが、こうした状況が進む中で、企業は既存社員の残業・休日出勤などで業務力拡大に対応することがより難しくなっていることを物語っている。

今後はどうなるか
働き方改革を進め労働時間が増える見込みがあまりなく、少子高齢化や人口減少などの労働供給側の要因もふまえると、よほど大きな環境変化がない限り、採用意欲の高い企業が採用難に陥っている状況はあまり変わらないであろう。イギリスのEU離脱が株価・為替に大きく影響と言われているが、いったんは落ち着きを見せるなど雇用状況にはあまり影響を与えていない。しかし、EU離脱の動きがイギリス以外にも波及するリスクのみならず、世界的なテロの増大リスクや、中国経済の失速リスクなど、世界経済には不安定要素が増しているといえる。複数のリスクが同時に起こってしまえば世界経済が大きく下振れし現状が変わるかもしれないが、こうした事態が顕在化するかについては今のところ何とも言えない。世界経済の動向も合わせて、今後の雇用情勢を注視していきたい。

戸田淳仁


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2016年07月22日