Column

転勤という慣行は必要なのか?
大久保幸夫

転勤という日本だけの常識
最近大いに疑問に思っていることがある。それは、転勤というものが、今後も本当に必要なのか、ということである。
人事部門のみなさんにとって、転勤はあまりにも当たり前なことで、疑問に思ったこともないかもしれない。しかし、これは他国にはない日本独特の慣行であり、けっして当たり前なことではないのだ。

労働問題に詳しい人ならば、昭和61年の東亜ペイント事件という判例を思い浮かべるであろう。幼い子供や高齢の母を持つ男性が転勤を拒否した結果、懲戒解雇されたことに対して訴訟を起こしたが、最高裁は家庭生活上の不利益も通常甘受すべき程度のものとして解雇権の濫用を否定したものである。

正社員の解雇規制と引き換えに幅広く企業側の権利を認めたもので、この判例によって転勤命令は正当化された。日本に「定着」したのである。
正社員は転勤などの対象になるので、有期雇用の社員とは同一労働同一賃金にならないのだと主張する人もいる。一見もっともらしいが、賃金差をつけてまで転勤を維持する必要があるのだろうか。

個人の利益を阻害
考えてみてほしい。個人にとって転勤によるダメージは甚大である。
経済的にも大きな損失を被るし、社外の人間関係も断絶してしまう。私自身、東京から福岡、福岡から名古屋、名古屋から東京という転勤を経験しているが、買ったばかりのマンションに結局一度も住めなかったし、多くの友人と疎遠になってしまったことはやはり残念なことだ。地方での経験を仕事に生かしたという思いはあるが、とても転勤を肯定する気持ちにはなれない。

仕事も、人間関係も、住む町もすべて変わってしまう転勤は大きなストレスにもなる。特に、仕事と育児を両立している女性社員には大きなストレスで、転勤を苦にしない男性社員の場合でも、その妻にとってはストレスでありキャリアの分断にもつながる。

企業が転勤を行う理由と疑問
企業が転勤を行う理由のひとつは、必要な人員の地域間調整だろう。しかし、ワークス研究所が行った全国就業実態パネル調査(2016年)によれば、転勤している人のうち課長以上の管理職は12.4%に過ぎず、多くは一般社員が転勤していることがわかる(係長・主任クラス21.1%、役職についていない人66.2%)。余人を以て代えがたい人材の転勤だというならば管理職以上に限ればよいし、数合わせならば現地の採用で賄うのが基本であろう。雇用というのはもともとローカルなものだ。その本質に立ち返ってもいいのではないか。

人材育成効果を期待して転勤を行う企業もある。しかし、人材育成に必要なのはジョブローテーションであって、地域をまたぐ必要はない。地方にしか工場がなく、工場勤務を経験することが重要だからという意見もあるが、担当+出張ではだめなのか。リモートワークが進んでいるこの時代に、いつでも工場とテレビ会議ができるのだから、これも正当な理由とは思えない。また、転勤によってリフレッシュ効果を期待するというならば、日常業務のマンネリを改革するべきで、よりイノベーティブで革新的な仕事を今の仕事で挑戦できるようにするべきではないか。「単身赴任で羽を伸ばすのも悪くない」という一部の男性社員の論理はもはや少数意見であろう。転勤させながら昇進させるという話も聞くが、それは評価システムの欠陥を転勤で埋める話にしか聞こえない。

不正を防止するために転勤させるという企業もある。それならば長期の休みを取れるようにすればよい。不在中に不正などすぐに明らかになるからだ。そもそも長く担当していると癒着によって不正が起こるというならば、組織風土そのものを問題にするべきだろう。

転勤廃止もひとつの戦略
転勤は確かに企業人事が持つ人事権のひとつである。それだからこそ、この権利を放棄して、一般社員は転勤なしという企業が出てきてもいい。地域限定社員を正社員にして、転勤は管理職以上に限定、海外勤務が発生するのはグローバルキャリアコースというような別の人事コースにするのである。

働き方改革が求められている現在において、また人材不足・採用難が長期に続くとみられている現在において、そのような企業が登場すれば、拍手喝采されるだろう。現実に、転勤がないから大企業ではなく地元企業を選ぶという学生は多くいる。転勤を当たり前のことと考えず、もう一度白紙から考えてみてもいいのではないか。

女性の活躍が進み、目標を掲げて女性管理職比率の向上に取り組んでいる企業は多いが、転勤経験を管理職昇進の条件にしているという企業もある。どう考えても無理があるのではないか。ダイバーシティマネジメントの観点からも転勤は「???」である。

大久保 幸夫


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Works134号「転勤のゆくえ」
全国就業実態パネル調査

2016年06月08日