研究所員の鳥瞰虫瞰大学入試改革に期待されること 辰巳哲子

2020年、大学入試が大きく変わる。
中央教育審議会(以下、中教審)高大接続特別部会は、2014年12月22日に大学入試改革を答申した。この改革の狙いの1つは、大学入試において、いわゆる「知識の暗記」から思考力や判断力といった、活用力を重視することにある。高校と大学をつなぐ、大学入試を変えることによって、高校と大学双方の機能の見直しが図られようとしている。

大学入試センター試験の廃止

これまでの大学入試センター試験では、一時点での記憶力、測定しやすい能力だけを測定していたのではないかという反省に立ち、センター試験は廃止される。そして、その替わりに測定目的の異なる2種のテストが導入される。1つは、高校で身に付けるべき学力を獲得したかどうかを測定する「高等学校基礎学力テスト(仮称)」であり、他方は、大学教育を受講するのに必要な能力の保有程度の測定を目的とした、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」である。前者が「過去」の学習成果を測定するのに対し、後者は「未来」への備えができているかどうかを確認する。「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」は、教科による縦割りでの測定をいずれ廃止し、教科をまたいだ思考力や判断力を測定する方向で実施される予定だ。

大学の機能はどう変わるのか

暗記力から活用力へ-こうした教育方針の転換は今に始まったことではない。文科省では、学校教育法改正(2007)で、「学力の3要素」を定義し、この3要素の育成が重要であることを提示している。3要素とは、「基礎的な知識及び技能」「これらを活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力」「主体的に学習に取り組む態度」とした。だが、問題はこうした学力が獲得できる環境が各校で整えられてこなかったことにある。

こうした問題を受けて、今回の中教審答申は、グローバル化や人口減少といった環境変化に応じた人材育成に高校や大学が対応できていないという問題に正面から切り込んだ。そして、具体的に改善すべき点として、入試制度はもとより、高校・大学の指導内容・指導方法、高校教員の養成・採用・研修の改善、教育環境の整備にまで言及している。さらに大学に対しては、質保証のための学修成果の把握や評価方法の開発、教職員・学生の構成を多様化すること、学長のリーダーシップへの期待など、要望は細部にわたる。高校・大学ともに、指導方法の改善で目をひくのは、講義形式の座学からアクティブ・ラーニングへの転換だ。ただし、課題はつきまとう。高校にしても大学にしても、自分が学んできたやり方ではない方法で教育に携わる場合、教授法や教育方略の学習が必要だ。入試や就職といった、各段階のトランジションで発生するイベントをうまく活用しながら、高校は進学率を、大学は大学経営に直結する就職率を梃に、教育者のスキルを改善する必要があるだろう。

企業の役割

日本高等教育学会では、2011年に733大学の学科長に対して大学に求められるアウトカムを聞いている。それによると、上位3つは「学科の専門分野に特有の知識の修得」「学科の専門分野に特有の考え方・ものの見方」「学科の専門分野に特有の技能・技術」であった。
一方で、経団連による「産業界の求める人材像と大学教育への期待に対するアンケート」では、企業が重視しているのは、「主体性」「コミュニケーション」「実行力」「チームワーク・協調性」であり、企業が求める能力と大学が育てたい能力との間には大きなスキル・ギャップが存在していることがわかる。実際に、一般の人に尋ねた、朝日新聞の調査では、「日本の大学は世界に通用する人材を育てているか」「企業や社会が求める人材を育てることができているか」では、6割以上がそれぞれの質問に「できていない」と否定的な評価が見られる。
こうしたスキル・ギャップを埋めるため、当研究所では、2006年に基礎力の調査研究を実施し、学校と企業の共通言語とするための能力の定義をおこなった。それらは「対人基礎力」「対自己基礎力」「対課題基礎力」と命名された。分析の手順は次のようなものである。

① 2000年以降に経済団体や官公庁などがおこなった、「社会人に求められる汎用的技能」に関する調査から、代表的調査9つを選び(厚生労働省2005「企業が求める人材の能力に関する調査」、経団連2004「企業が新卒学生に求める人材像」など、その中で汎用的技能として挙げられている項目をすべて抽出した(自分とは異なる考えを理解する能力、責任感、リーダーシップを発揮することなど)。結果407の要素が抽出され、それらを意味的に分類した結果、「対人基礎力」「対自己基礎力」「対課題基礎力」が3つずつの下位要素をもち、合計9つの要素が抽出され、さらに思考力、処理力、専門力、職業的態度(意欲・好奇心・興味など)に分類されることが確認された。

② 分類されたそれぞれの要素と、企業の採用基準の関係を見るために、2006年のリクナビに、新卒の募集広告を掲載した約1万社の中から32業種の各20社、合計960社を無作為に抽出し、それらが「選考基準」として広告上に提示している言葉を収集し、要素の網羅性を確認した。

③ さらに、企業人事に「求められる能力」に関するインタビューを行い、各要素の確認をおこなった。

そして、この枠組みは、筆者も委員として加わった2011年の中教審答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」の「基礎的・汎用的能力」にも反映され、小学校・中学校・高校を対象として、基礎力を少しずつ獲得していけるよう、日々のカリキュラムへの反映を求めている。学校期の班活動や部活動、教科活動の中でのディスカッションや発表など、基礎力育成の機会は、日々のカリキュラムの中に埋め込まれている。だからこそ、日常の学校生活の中で、発達段階に応じて少しずつ基礎力を獲得していくことが必要だと考える。2000年から2011年はスキルの言語化が進んだ時期だったが、2011年以降は具体的にこのスキルをどのように獲得するのか、成果をどう測定するのかといった、ディベロップメントとアセスメントについての議論が現在進行形で進められている。
今回の大学入試改革は、スキル・ギャップ問題を埋めるための1つの方策であるともいえよう。しかし、人材の育成は学校だけに委ねられている問題ではない。企業は要望を出すばかりでなく、学生の卒業後にある、魅力的な社会を見せる役目を担っていると考える。

参考資料:
「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(答申)中央教育審議会高大接続特別部会
『PROG白書2015』学校法人河合塾・株式会社リアセック

辰巳哲子

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