Column

世界の経営学者が注目する採用戦略と戦術とは?
碇 邦生

I’m not the smartest fellow in the world, but I can sure pick smart colleagues.
私は世界で最も賢い人間というわけではないが、確実に賢い同僚たちを選ぶことができる
Franklin D, Roosevelt
フランクリン・ルーズベルト

採用活動の戦略と戦術
2015年8月、世界で最も住みやすい都市として知られるバンクーバーは、全世界113カ国から集まってきた18,000人以上の経営学者で溢れ返っていた。彼らの目的は、世界で最も権威ある経営学の学会 “Academy of Management (AOM)” の第75回年次大会に参加することだ。5日間にわたって開催されるこの学会は、7,045の学術発表、442のシンポジウム、567のワークショップからなる世界最大級の学術イベントである。経営学のあらゆる領域の研究発表がなされる中、組織における採用活動も重要な研究テーマとして取り扱われている。本コラムでは、AOMで発表された世界の採用研究を紹介しつつ、戦略的に採用活動を行うことについて検討していく。
さて、AOMにおける研究発表の紹介をする前に、採用活動の戦略と戦術の違いについて論じていきたい。というのも、学会で発表される多くの研究発表は、戦略的な採用活動を前提とした戦術レベルの議論が多いためだ。それでは、戦略的な採用活動とはどのような概念を指すのだろうか。
ペンシルバニア州立大学のフィリップス教授ら(2015年)によると、戦略的な採用活動とは企業競争力の源泉となる人的資本の調達・育成・配置の基盤を創造することだと述べる。ここで言う基盤とは、1)企業競争力の源泉となる人材の能力や知識、スキル、価値観を明らかにし、2)採用システムと方針を作り、3)採用活動が1)で明らかにした人材を獲得するために方向づけられているか調整することである。具体例を挙げると、スウェーデンのイケア社は、自社の競争優位は価値観にあると考え、採用活動において、スキルや経験以上に、価値観の合致を重視している。全世界の全従業員が共通の価値観を共有していることが、イケア社の採用活動における戦略目標となっている。
一方、採用活動における戦術とは、戦略的な採用活動の目標を達成するための、具体的な施策や制度に焦点があてられる。前述のイケア社の例で言えば、価値観の合致度を測定するためのテストを開発し、選抜ツールとして使用することが戦術となる。母集団形成においても同様に価値観の合致を重視していると明示することで、求職者が自らを適切かどうか自己選抜するようになり、不適切な応募者を減らすことが可能となる。
このように、採用活動における戦略とは基本方針や意思決定の軸として機能し、採用における戦術は戦略目標を達成するための手法・手段となる。採用活動に関連する実証研究では、採用の戦略目標を達成するために有効な採用・選抜手段について効果検証する戦術レベルでの議論が中心となる。

採用活動の効率を上げる
AOMの話に戻ると、採用活動に関する分科会が5つあり、それぞれ効率的な採用・選抜手法とは何かについて研究発表がなされた。その中でも、最も数多くの発表がなされていたのが、「応募者の誘因」に関する研究だ。これには、今日的な問題の背景がある。ウェブによる募集活動は、日本同様に世界中でも過剰な応募群の形成と優秀な人材の奪い合いという問題を生んでいる。発表者の1人であるノースカロライナ大学のマクドナルド准教授はこのような応募過多の現状を「ブラック・ホール」と表現し、大量の応募者を抱え込む採用方法では、イノベーションをけん引するような人材「紫のリス」を発見できないとして、より効率的な採用活動方法にシフトすべきだと主張した。そのため、「応募者を惹きつけて、競合に奪われない採用方法」と「不適切な求職者が募集してこない自己選抜のメカニズム」が、重要なテーマとして注目を集めている。
その中でも、企業が求職者に対してどのような情報を発信すると優秀な応募者を惹きつける(もしくは、求職者が自分の優秀さを企業に発信する)のかについて検討する「シグナリング理論」に基づく研究に多くの関心が寄せられている。例えば、ドイツのパダボーン大学の研究チームの発表では、優れた企業ブランドや評判があるだけでは優秀な人材を惹きつけるには不十分であり、実際の従業員の行動や企業の取り組みと企業ブランドの間に一貫性があるとき、求職者の応募意欲に影響を与えるという研究成果が発表された。発表の中では、スターバックスの例が取り上げられ、コーヒーショップの店員の愛想がなく、スターバックスのブランド・イメージと異なる行動をとったとき、その評判を耳にした求職者の応募意欲は著しく減退してしまうと紹介されていた。
このように、優秀な人材を獲得するためには、求人票や求人広告で自社の魅力や求める人材像を強調するだけでは足りず、実際の企業活動と連動させながら求職者にメッセージを発信する必要があり、採用担当者は求職者がどのようなシグナルを受け取っているのかについて把握し、打ち手を考えることが重要となる。
最後に、これら世界の研究成果から日本企業が学ぶことは多いということを強調したい。一般的には、日本と諸外国の間では採用のメカニズムが大きく違うといわれている。しかし、ウェブによる過剰な応募群や優秀な人材を効率よく採用する手法を知りたいという注視点や課題には、きわめて似通っているところも多い。優秀な人材を獲得するために、採用手法を科学的に検証し、採用活動の生産性や効率を上げる試みに、企業人事も研究者ももっと積極的に取り組んでいく必要があるだろう。

碇 邦生


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