Column

差別をなくすためにできること
湊美和

河瀬直美監督最新作「あん」をみた。
どら焼き屋で働き始めた主人公の老女が、元ハンセン病患者だという噂が近所で広まったことで店を去る。店主とどら焼き屋の客である女子中学生が行方を追う過程で、老女の人生が明らかになっていく、といったあらすじだ。
河瀬監督はこの作品を通じて、「人間としての尊厳を奪われてもなお『生きよう』とする人を描いた」と語っており、その意図通り多くの観客が主人公の生きる力に感動しただろう。だが私は、それ以上に、噂によって豹変する客の姿に、「差別」は「日常のなかでいとも簡単に起こってしまうものなのだ」と慄然とした。

自分は差別しない
ご存知の方も多いだろうが、この映画の題材となったハンセン病患者や回復者への偏見や差別には、長い歴史がある。
ハンセン病は、日本ではらい病とも呼ばれ、皮膚がただれたようになるのが特徴で、病気が進むと顔や手足が変形する。その外見や感染力が強いという誤った考えから、国は1931年の「らい予防法」によってハンセン病患者を全国の療養所に強制隔離した。日常生活で感染する可能性は少なく、そして化学療法によって治療が可能と判明した後も隔離は続き、1996年になってようやく「らい予防法」が廃止された。だが、入所者はすでに高齢になっており、また社会における偏見や差別が残っていることなどもあって、現在でも療養所のなかで暮らし、そこで一生を終える人は多い。昨年、療養所の1つ、多摩全生園の清掃ボランティアに参加したが、主を失った家が多数散見された。
こうしたハンセン病患者がたどってきた歴史に向き合えば、多くの人は「差別はいけない」と感じる。だが、同時に「過去のことだ」「自分は差別していない」として、傍観者的な立場をとる人も少なくないはずだ。実は、こうした反応は、元ハンセン病患者や回復者への差別に限ったことではない。

差別をしてしまうかもしれない自分に向き合う
差別問題の専門家で、日本大学文理学部社会学科教授の好井裕明氏はその著書『差別原論―“わたし”のなかの権力とつきあう』のなかで、差別は「事件」ではなく、日常において具体的な形で存在するという。
確かに、企業のなかでも差別が生じる可能性は多くある。たとえば、採用や昇進の機会において、性別、社会的出自、年齢、障害、HIVへの感染、性的指向など、その人の能力にも、また該当する職務に必要な要件にも関係のない特徴を理由に、他者とは異なる、不利な処遇を行う、といったことだ。
職場における日常の活動においても、差別は生じている。差別的なハラスメントの1つである、職場のセクシュアルハラスメントを巡って、被害者らが各地の労働局に解決援助や調停を申し立てるケースが増え続けている。厚生労働省によれば、東京や大阪などの主要10労働局の受理件数は、2009年度の167件から2012年度は231件と約4割増加した。また、Works124号「LGBT・大人の発達障害に見る 新たな人事課題との“つきあい”方」で取材した虹色ダイバーシティが行ったアンケートによれば、LGBTの70%が職場で差別的な言動があると答えている(LGBTと職場環境に関するアンケート調査2015年速報)。なかには、レズビアンと知らずに部下に「彼氏はいるの」と聞く、といったように、まったく悪意はない、何気ない言葉や行動も含まれているかもしれない。だが、言われた本人は不快に思い、痛みを感じる。だからこそ、好井氏は、差別は誰も日常的にしてしまうものであり、差別をする側とされる側という二分法で捉えるべきではないという。二分法で捉えて、いくら「差別をやめましょう」と啓発しても、自分たちは差別することもされることも無いと感じる人にとっては、差別は対岸のことでしかない。まずは、誰もが「差別してしまうかもしれない自分」に向き合い、日常に息づいているさまざまな差別や差別の兆しに気づき、その現状を変えたいと思うことが大事だという。

差別は自発的に利益を放棄する
ノーベル経済学賞を受賞したゲイリー・S・ベッカーは、「差別」の経済学な捉え方として「自らの偏見を満たすために自発的に利益を捨てること」としている。ベッカーが指摘したのは、肌の色による差別といった意図的なものであるが、前述のような不用意な発言のように意図しない差別であっても、社員のモチベーションを下げ、能力発揮を奪っている可能性がある。
人事は、こうした差別に対して、どう対処すれば良いのかを考えていく必要があるだろう。
映画のなかでは、店主と女子中学生がハンセン病について学び、また療養所を訪れて元ハンセン病患者と対話することで偏見をなくしていった。まずは、目の前にある差別に気づくこと、その原因となっているものに対して正しい知識を持つこと、そして、差別を受けることの“痛み”への想像力を深めることが、あらゆる差別をなくすための1歩になりうるのではないだろうか。

湊美和


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Works 124号

2015年07月29日