Column

ヤフー株式会社 常勤監査役
鬼塚ひろみ氏(後編)

3)変化を起こすこと

2009年、鬼塚氏は常務執行役員のポストに就く。検体検査システム事業部の事業部長も兼ね、海外とのアライアンスで成功した実績を、さらに他の事業にも展開することを期待されての役員就任だった。
鬼塚ひろみ氏

「変化を起こすことを求められている」と鬼塚氏自身は感じていた。

実際、それまでの鬼塚氏は「背水の陣」の中で、過去に誰もやらなかったようなことを試みてきた。

「過去にはとらわれず、みんながやる気を出せるなと思うようなこと、あるいはマネージしやすいと思われることなら、何でもやりました」

小さなところでは、個人の働き方に関わる部分。例えば技術者のデスクを仕切っていたパーテーションを取り払って誰もが顔を合わせながら仕事ができるようにすることで、チーム内の情報の共有や意見交換が活発になった。大きなところでは商品戦略に関して。海外とのアライアンスの深耕によって、低迷していた製品に息を吹き込んだ。

執行役員となって、マーケティング統括責任者として求められたのも「変化」だった。

そこで鬼塚氏は、縦割り式の事業部に横のラインを持ち込んだ。

「『CT装置はこんなにいい装置です』ではなく、『脳外科のときにはこういう装置ですよ』という風に、ちょっと横向きの仕事にチャレンジしたのです」

病院でも最近は、腹痛だから消化器科といったような縦の分類だけでなく、部位がどこであろうと腫瘍であれば腫瘍科で診るといった具合に、過去にはなかったアプローチが出てきている。医用機器の営業でも発想を変え、アプローチの角度を変えることで、顧客に対してこれまでできなかったような提案が可能になった。

「結果的に私は、変える役割を担ってきたかもしれません。そして、私自身は意識していませんでしたが、あるいは女性だからそれができたのかもしれません。男性だと、いろいろな遠慮や配慮があるかもしれませんが、私自身には怖いものは何もありませんでしたから」

とはいえそれは、決して鬼塚氏が「女性だったからできた」わけではなかろう。男性がマジョリティで、女性はマイノリティでしかない職場で、マイノリティであるために良い意味での開き直りは多少あったのかもしれない。しかし、鬼塚氏自身は、仕事の上で「女性として」「女性ならでは」ということを意識することさせられることはほとんどなかったという。
鬼塚ひろみ氏

鬼塚氏が役員に就任する際、こんなエピソードがあったという。

当時、鬼塚氏の昇格について、上司である社長は本社から「何か意図があって女性を役員にするのか」と尋ねられた。

社長はこう答えたという。「実力と実績だけで選んだのです」

血液自動分析装置とともに自身も成長し、昇格してきた鬼塚氏のキャリアとプロモーションのすべてを物語っている一言である。ただただ、事業だけに真摯に向き合い、製品の育成に心血を注いだものだけに贈られる賞賛の言葉であった。

現在鬼塚氏は東芝グループを離れ、2012年よりヤフー株式会社の常勤監査役として勤務している。新しい職場は何もかもが新鮮で、考え方や、スピード感などの前職との違いを肌身に感じ、自らの変化を求められているそうだ。

「今、日本の多くの製造業はいろいろな困難に直面していますから、こういう若い先進的なIT産業が元気にやっていく時ではないでしょうか」

このように語る鬼塚氏だが、次はどのような変化を起こすのだろうか。30年以上も商品と事業を真摯に見つめ育ててきた氏の視線の先には、新たな事業がしっかりとらえられているに違いない。

鬼塚ひろみ プロフィール

鬼塚ひろみ氏ヤフー株式会社/常勤監査役
(※元・東芝メディカルシステムズ株式会社/常務執行役員)

略歴:
1976年 東京芝浦電気株式会社(現株式会社東芝)入社/国際事業部に配属・医療機器事業部主任
1999年 東芝のカンパニー制導入により株式会社東芝 医用システム社に名称変更。血液自動分析装置の事業部に配属
2003年 東芝メディカル株式会社と株式会社東芝 医用システム社が事業統合し東芝メディカルシステムズ株式会社に。同社CNET事業部部長就任
2005年 同社検体検査システム事業部長就任
2009年 同社常務執行役員就任
2011年 同社退任
2012年 ヤフー株式会社常勤監査役就任(現任)

 

TEXT=森裕子・白石久喜 PHOTO=刑部友康

2014年08月22日