世界の最新雇用トレンドSIAエグゼクティブフォーラム欧州参加報告

HRテックで異業種参入が増加する人材業界

SIA(Staffing Industry Analysts)は世界のスタッフィング事業(人材派遣、人材紹介、その他あらゆる種類の臨時労働力を提供・管理する事業。以下人材サービス)に関して調査分析しているグローバルアドバイザーで、英国で毎年エグゼクティブフォーラムを開催している。

参加者は265名と、米国開催時の5分の1程度である。講演テーマは、「大企業向け」「中小企業向け」と「IDEAS IN ACTION(ベンダーによるサービス紹介)」の3つに分かれている。人材サービス事業に対する制約が少ない米国と比べると、欧州での講演内容は必然的に規制に関する内容が多くなる。コンファレンスのセッション内容の多くは、人事にも役立つ。

人材サービス会社が利用する採用テクノロジーの7割は、AIを搭載

SIAエグゼクティブ・ディレクターのジョン・ナーセン氏はオープニングの基調講演で、世界経済フォーラムが発表した「2022年に向けて事業成長に好影響をもたらすトレンドと悪影響をもたらすトレンド、トップ10」を紹介した(図1)。

トレンドの半数近くをテクノロジー関連のワードが占めていることからも分かるように、フォーラムでもテクノロジー、採用に特化したタレントアクイジション(TA)テクノロジーをテーマとするものが多くを占めた。ナーセン氏は、人材サービス会社が利用するテクノロジーの進化について説明した。

SIAとTalent Tech Labsの共同調査によると、何らかのAIを搭載するTAテクノロジーは73%にも上るという。AIの種類別では、図2のとおり、機械学習(74%)と自然言語処理(68%)が一般的である。

求人と候補者情報の更新からマッチングまで、
一連の工程を自動化するソーシング技術

候補者を発掘するテクノロジーでは、自動ソーシング技術の進化が加速している
(図3)。

  • ベースとなるのは、「レジュメ解析」と「サーチ&マッチツール」で、前者はレジュメのテキストを解析して職歴に関する情報を抽出し整理する。後者は、求人要件とATS内のプロフィールを照合して、マッチング精度の高い候補者をリスト化する。Textkernel、HireAbilityなどが提供している。
  • 「ピープルアグリゲーター」は上記2つの技術を進化させたもので、インターネット上で候補者を探す「人材検索エンジン」。求人要件のキーワードと、公開されているSNSやジョブボードなどのプロフィール情報がマッチする候補者を特定するサービスである。Hiretual、HiringSolved、Enteloなどが提供している。
  • SPAP(Sourcing Process Automation Platforms)は、一連のソーシングプロセスを自動で行うプラットフォーム。候補者の発掘から事前資格審査まで、またマーケティングや結果分析といったすべての工程を行う。Clinch、Restless Banditなどが提供している。
  • 最高位技術レベルのISMS(Intelligent Sourcing Management Systems)は、複数のATSや候補者データベースに記録されている情報を一元管理し、インターネット上に候補者の新しい情報があればデータベースを自動更新する。さらに、ATS内のすべての求人と候補者を自動で照合して最適な候補者を提案し、その根拠を示す。マッチングは候補者のスキルや経験のみでなく、近い将来転職する可能性やオンライン上のアクティビティ(SNSへの投稿やプロフィール更新など)、採用マネジャーの選定傾向などを踏まえた高度なアルゴリズムを用いている。Arya、BrilentやGoogleなどが提供している。

人材サービス業界に幾度となく訪れる消滅の危機

SIAエグゼクティブディレクター
ジョン・ナーセン氏

採用テクノロジーが進化するにつれ、これまで人材サービス業界に存在していなかった企業が人材サービス会社の競争相手として浮上している。具体的にはIBMやGoogle、Task Rabbit(※1)を買収したIKEA、Wonolo(※2)を買収したThe Coca Cola Companyなど。また、Uber Technologiesが人材派遣業に乗り出すという報道もある。ロボットプロバイダーやRPA(業務プロセス自動化)プロバイダーなども労働力ソリューションの一部に加わった。

幾度となく、人材サービス業界には消滅の危機がささやかれてきた。ジョブボードのサービス開始時、SNSの普及時など、ソーシング技術の進化に伴って、企業が人材サービス会社を通さずに自力で人材を探せるテクノロジーも発達している。今後、仲介サービスが不必要になるかどうかは不透明である。ナーセン氏は、「人材サービス会社の利用を止めてダイレクトリクルーティングを試みる企業が一時的に増える可能性はあるが、次第に企業はかえってコストがかかると考えるようになるかもしれない」と明言を避けた。

人材サービス業界に明るい見通しも。欧米企業は正社員削減へ

人材サービス業界にとって、チャンスと言える動きもある。欧米では今後正社員の採用を抑え、企業の人材需要に合わせて(一時的に労働契約を結ぶ)臨時労働者を大幅に増員する見込みである。SIAが欧州・中東・アフリカ地域の企業に調査したところ、今後10年間でフルタイムの正社員は減少し、臨時労働者、特にフリーランサーやコンサルタント、派遣労働者の割合が増加する可能性が高いという結果が出た(図4)。同調査は米国でも実施しており、過去数年間同様の結果であった。また、フリーランサーあるいは臨時労働者の多くは、不本意ではなく自身でその働き方を選択していることがMcKinsey & Companyの調査(※3)などで分かっている。

人材不足の日本でも、人材の流動性の高まりとともにソーシングが活発になる

時代のさまざまな変化を受けて従来の人材サービス会社は危機にさらされてきたが、新規参入者の登場やビジネスモデルの変化があるとしても、人材サービス業界は続いていくだろう。フリーランスや有期契約といった働き方が日本社会でも一般化するにつれ、転職市場が活発になり、人材サービス会社のサービスは必要とされる。

また、ManpowerGroupの調査によれば、日本は世界で最も人材確保が困難な国である(※4)。今後は日本でも高度なソーシング技術を利用した採用活動、ダイレクトリクルーティングが活発化すると考えられる。LinkedInのようなビジネス系SNSが、積極的に利用される可能性もある。企業はこれまで以上に流動的な人材を受け入れる風土を醸成し、政府は誰もがさまざまな労働形態を選択して行き来できるような制度作りに取り組むことが望まれる。

※1 家具の組み立てなど個人の便利屋サービスを依頼できるオンラインプラットフォーム
※2 時間給の臨時労働者をオンデマンドで探せるアプリ
※3 McKinsey & Company (2016)〝INDEPENDENT WORK:CHOICE, NECESSITY,AND THE GIG ECONOMY″
※4 ManpowerGroup (2018) 〝2018 Talent Shortage Survey″。43カ国と地域の雇用主39,195人を対象とした調査。「昨年と比べて、人材確保に苦労しているか?」という質問に日本の企業の89%が「昨年よりも採用が難しい」と回答しており、日本は世界で最も人材不足感の強い国であった。最も多い理由は、「応募者不足」である