Column

セルジュ・ルルー氏
フランステレワーク協会副会長
リール北部大学・イノベーション・産業研究所パートナー研究員
イノベーション研究ネットワーク(RRI)副会長

フランステレワーク協会は1995年に設立。情報通信技術の発展に伴い、オフィスに限らない柔軟な働き方の一つとして、企業や自治体にテレワーク導入を奨励している。主な活動内容は、テレワークに関する書物の出版、調査・研究、講演会・セミナーなどのイベント開催、政府に対する政策の提言、テレワーク普及・啓発施策への協力などである。

協会にはテレワークのパイオニア企業が加入し、研究者や識者が会員として活動している。2005年に同協会が発行した「テレワークガイド」は、有益なノウハウを提供し、現在もテレワークを導入・実践する多くの企業や自治体に活用されている。

1990年代からテレワークを追い続けているフランスのテレワーク研究の第一人者であり、産業イノベーション分野の研究者でもある協会副会長のセルジュ・ルルー氏に、テレワークの労働性について、そしてご自身の研究対象でもある「ファブラボ」が雇用という概念を変える可能性についてお話を伺った。


1990年代のテレワーク導入が失敗に終わった理由

フランスでは1990年代初期に、パーソナルコンピューターの普及を背景にテレワークへの関心が高まりました。さらに1994年、ティエリー・ブルトン氏(2005年に財務・産業・経済大臣就任)が率いる作業グループが報告書を発表したことを機に、多くの企業がテレワークを試験導入しました。しかし、「テレワークが大幅な生産性アップとコスト削減につながる」という報告書の内容に触発された企業の大半は、試験導入終了後、本格導入を断念しています。

当時はケース・スタディーもほとんど存在しませんでしたし、デジタルツールもマネジャー教育ツールも整っていませんでした。テレワークのメリットに惹かれて、やみくもにテスト導入した企業は、テレワーク導入の初期段階にかかる費用と一時的な組織の混乱、社員や管理職からの問題提起に対応できる十分な準備ができていなかったのです。本格導入を断念した企業は、初期段階に想定以上の大きなデメリットに直面し、この時点で諦めてしまったわけです。

また、テレワークに必要とされるフラットでコラボレーティブな働き方は、貨幣価値を基準とした生産手法やトップダウン方式のマネジメントといった従来の組織形態に大きな変化を強いるものです。多くの企業が、この新しい働き方に馴染めず、マネジメントにおける課題を抱えました。現在でも95%の企業が従来型の手法を用いています。社内でコラボレーティブなプロジェクトの提案があっても、肝心の予算を管轄する財務部が従来の価値観に縛られていると、どんなによいアイディアでも実現には至らないわけです。この1990年代の挫折が大きなトラウマとなり、現在でも、テレワークなどの新しいアプローチの導入を敬遠する企業が少なくありません。


テレワーク浸透を妨げるフランスの労働性

1994年のブルトン報告の後、2012年に「フランスの競争力に関するガロワ報告書」が発表されました。この報告書では、有益で具体的な提案がなされましたが、「労働生産性」という真の問題に立ち向かっていないことが指摘できます。協会が20年の間に実施した調査、特に外国との比較研究を見ると、フランスでテレワークの浸透が遅れてきた理由がわかります。

職場における人間関係の薄さ、労働そのものに対するイメージの悪さ、伝統的なトップダウン型組織への固執が、新たな労働形態導入に向けて努力している人々の意欲を削いでいます。テレワークの導入は、組織内のあらゆる階層間の対話を進め、相互的な信頼と職業人としての責任感をベースに自立した行動を求める膠着した組織に一つの活路を提示するものだと考えます。

2017年9月に成立したテレワークに関するオルドノンス(政令)は画期的な内容になっており、これを起爆剤として、フランス全体の労働に対する固定観念が変わっていくことを望んでいます。しかし、政府が企業にいくら推奨しても、企業側にテレワークを受け入れる基盤が整っていなければ浸透は難しいでしょう。


自治体におけるテレワーク・サテライトオフィス導入の動きに注目

自治体では、テレワーク・サテライトオフィスが地方創生に大きな役割を果たすとされ、各地域で急速に発展しています。

フランス北部のダンケルクでのテレワーク・サテライトオフィス計画を例にとってみましょう。まずICT発達の現状に照らして、「ダンケルクのテレワーカー」の地理的領域を定義します。アクセスできる領域、例えば、職場に週何回か通う際に、1日の間に往復ができる場所であるかどうかを考慮すると、行政的な領域よりはるかに大きな領域が浮かび上がります。ダンケルクのテレワーカーは、リール(仏)、パリ、ロンドン(英)、ブリュッセル(ベルギー)の経済圏に重なる領域に位置できます。

次に、この領域内で、どのような民間企業・公共機関が、自宅やサテライトオフィスでのテレワークを実践できるのか、どのような雇用の可能性があるのかを調べます。さらに、日常の通勤者数について調べ、「何年間で10%削減」というような数値目標を設定します。車による通勤を減らすという目標は環境改善にも関連してきます。これは、自治体や企業との協力のもとでのサテライトオフィスの設立や、その新たな利用方法にもつながります。


非常事態とテレワーク

2015年11月、パリの同時多発テロを機に、非常事態の対応策として、従業員の自宅待機勧告時のテレワークを導入するために、協会には多くの質問がよせられました。企業の経営陣からは「企業合意なしに、従業員にテレワークを許可してもよいのか」「テレワークを迅速に導入するにあたって、憲章を作成するだけでよいのか」という質問が特に多くありました。

前者の質問の回答は、「企業合意なしでもテレワーク許可は可能」です。これは労働法典L1222-11条に基づく措置で、全従業員に書簡を送って、「特殊な事情を考慮し、上司の許可があれば、非常事態宣言が続く間に限定して、テレワークをしてもよいこととする」との規定があり、具体的な内容については、その後に交渉を行う意思を表明しておけばよいとしています。

後者は、「従業員数50人超の企業においては、『憲章』ではなく、法的価値のある企業レベルでの合意を行ったほうがよい」です。先に述べましたように、合意に至るまでは、特殊な事情である、ということを理由にテレワークの許可ができるので、その手続きを決めておけばよいのです。


「ファブラボ」とテレワークの相関性

私がテレワークの発展と同時に関心があるのは「ファブラボ」です。『Fab Labs l’usager-innovateur(ファブラボ – イノベーティブな使用志向)』(ISTE Editions、2016年)という著作を出版しましたが、テレワークとファブラボは、「自ら選んだ場所で好きな仕事をする」という共通項を持っていると考えます。

いずれの労働形態も、本人と雇用主に、あるいは本人が所属する組織にもメリットがあります。3Dの登場とファブラボの興隆を知ったとき、新しい時代が幕を開けたと感じました。モノを作るということには歴史的にいくつかのマイルストーンがありましたが、現在は、製品が個人や小さな組織で設計・実現されても、それをネットを通じて世界に拡散でき、ソフトと製造に必要な知識さえあれば誰でもその新製品を再現することができるようになりました。すでに「一つの財やサービスを作るのに必要な従業員からなる組織」と「他人が作った製品の消費者」という対立はなく、誰もが消費者であり製造者になり得ます。


「ファブラボ」と雇用形態の変容の展望

以前、起業家が資金を集め、機械を買い、必要な材料を揃えて、労働者を雇用し、製造し、販売し、その売り上げの一部を、製造販売を可能とした労働者に賃金として支払う、というモデルがありました。しかしファブラボは、その製造機械を自分たちで作ります。オープンソースのソフトも利用できます。ファブラボでは「必要なもの」を自分たちで作れるので、その参加者には賃金が発生しません。フルール・ペルラン元文化通信大臣は中小企業・イノベーション・デジタル経済担当大当時、ファブラボの支援策を打ち出し、経済・社会・環境評議会(国の諮問機関)は、3Dプリンターに関する報告書を上梓しました。私が住む市の市長も、小学校に3Dプリンターを設置することを検討しています。これらは小さな一歩ですが、あらゆるイノベーションとはこうして始まるものだと思います。

ウーバーのような就業形態も誕生していますが、これは、従来からある相互支援をビジネス化したものです。民間に限らず自治体が、プラットフォームを提案することも可能です。アダム・スミスが生きていたら、「見えざる手」があちこちに存在するようになる状況を、驚嘆して眺めることになったかもしれません。

2018年07月19日