Column

アンカ・ボボック氏
社会学者

アンカ・ボボック氏はオレンジの研究組織であるオレンジ・ラブズ所属の社会学者で、国の研究機関であるANACT(国立労働条件改善機構)の科学評議会のメンバー。主な研究分野はデジタル改革にともなう労働組織の変化や、デジタル進化とワーク・ライフ・バランス。

テレワーク、コワークに関する著作や講演会も多く、第一線で活躍されている。今回は識者の視点から、デジタル世代におけるフレキシブルワークが社会に与える影響について話を伺った。


デジタルツールは社会変革の触媒

デジタルツールの発展は、社会と労働市場との関係を劇的に変えました。「デジタル」といっても様々で、いくつかの世代に分類することが可能です。デジタルの最初の世代はERP世代(Enterprise Resource Planning)で、企業のあらゆる組織のスタンダード化や、中央化されたデータストレージなどに利用されました。次の世代では、メール、SNSなどのコミュニケーションツールが拡大し、コラボレーティブな労働のツールとして発展しました。

こうしたツールの発展で、労働時間のフレキシビリティに大きな変化が生まれました。また、職場の位置づけが変化し、働く場所を選ばない職種が増えました。職場滞在期間もますます短くなってきています。物理的な移動はクライアントなどに会う必要や緊急性があるときのみ、というケースも増えています。

また、デジタルツールの進化が触媒の役割を果たして様々な変化が生じました。すなわち、経済活動ではサービス部門が拡大し、中間・管理職層が増え、人間関係についても、デジタルツールのおかげで同時に複数のサークルに属しているような感覚、複数の空間に同時に存在しているような感覚が生まれました。

こうしたデジタル改革は組織改革と同時に進行することで、やがてより広範なワークスタイル改革へとつながります。各国の労働文化にもよりますが、世界的に同じ方向への動きが見られることは確かです。こうした変化が社会に軋轢を引き起こすことなくスムーズに移行していくためには、人材のマネジメントが重要になります。


デジタル技術の取得・伝達・個別化

企業側がビジネスプロセスの最適化を推進するものと、従業員側が個人的に習得した技術を職場へ持ち込むものとがありますが、個人のイニシアチブ、デジタル技術を駆使したビジネスプロセスの最適化を通じて、個々のクライアントのニーズに合わせて高度に個別化された環境や提案が提供されれば、クライアントとの距離が縮まり、収益性改善、生産性向上へとつなげることも可能になります。また、企業同士もつながりやすくなります。

しかし、こういった絶え間ないビジネスプロセスの最適化は、技術的な複雑度が増すことにもなり、従業員へのプレッシャーとストレスの原因になる可能性があります。

また、デジタル技術に関するコンピテンシーは、業種、習得方法など個人差があるため、各個人に委ねられる部分が非常に大きい。企業から必ずしも求められない自己習得の部分が結果的に仕事にも重要になっており、時間・空間の次元よりも、むしろデジタル技術の次元でプライベートと仕事の境界線が曖昧になる状況が増えるかもしれません。


文化的障害がテレワーク浸透の足かせ

テレワーク浸透の足かせは法的障害でも技術的障害でもなく、文化的障害です。

コワーキングの概念はアメリカや北欧からきたものですが、他者との距離感が狭く、気軽なコミュニケーションが文化的にも根付いているアメリカでの導入方法と、独特の労働文化を誇るフランスとでは場の設計や運営のあり方も当然異なります。

さらには、フランスはほかの欧州諸国、特に北欧諸国と比べて、「働くことイコール仕事場にいること」という意識が強く、オフィスでのプレゼンスを絶対視するいわゆる“プレゼンテイズム”がはびこっています。企業側も従業員側もこれはよくない習慣だと言いますが、メンタリティや習慣を見直すのはなかなか簡単なことではありません。

また、コワーク自体の歴史が浅いこともあり、労働組織論やスペースデザインのテーマとして話題になることは多いですが、社会学的な観点からの研究など、学術的知見が不足しています。私たちの仕事は、こうした研究を充実させることです。例を挙げると、フレキシブルワークについて考えるとき、以下の5つの側面からの分析が可能です。

5つの側面を考慮に入れた科学的な分析がフレキシブルワークのスムーズな導入の上で有効と考えます。

ただし、状況の変化も見られます。現在のフランスでは、統計にカウントされない「インフォーマル」な形でのテレワークが急激に増えています。すなわち、こうしたテレワーカーは、労働契約上で正式な変更がなされたわけではないので、カウントされません。他方、テレワークなどフレキシビリティを高める方向で改革を進める企業と進めない企業との二極化が進んでいます。従来の手法に固執する企業も多いのです。


「コーポワーキング」とは

重要なのは、コワーキングという名称にとらわれるのではなく、まず働き方・働く場所の根本的な再定義・再編成を試みることです。

フレキシビリティワークの改革が進む企業では、社内にコワークスペースを設置して、社員をはじめ、クライントなどがつながりの構築を試みています。これを「コーポワーキング」と呼んでいます。

こういった“進んだ”企業では、ピラミッド型の上下関係からよりフラットでよりオープンな組織を目指し、社員同士またはクライアントらが同じ場所を共有することで、新しい形のビジネスのエコシステム構築を志しています。

例えば「アジャイル方式」では、完成度の低い商品について、こういったスペースを活用し共同テストを幾度も重ね、時に故意にバグを発生させるなどして完成度を徐々に上げるというものです。


「つながらない権利」で大きな前進

2016年の夏に改正された「労働・労使間対話の近代化・職業経歴の保障に関する法律(通称:エル・コムリ法)」は、有給休暇や労働時間の調整、残業の賃金割増率の設定を企業ごとの労使合意により可能とするという内容で、「つながらない権利」について大きな前進と言える規定も盛り込まれています(※)。

デジタルの発展により、仕事とプライベートの時間との境目がますます曖昧になっています。

INSEE(国立統計経済研究所)の調査では、4人に1人が労働時間外の20時から24時の間に仕事をした経験がありますが、その一方で、例えば自宅に帰宅した後に緊急な仕事のメールに対応しても、それは労働時間として見なされません。

法定労働時間である35時間を超えて仕事をしているにもかかわらず、超過分は無償で仕事をしており、相対的に賃金の低下を招きます。仕事とプライベートの区別がないことは、仕事の生産性と生活の質を低下させ、やがてバーンアウトを引き起こすリスクも考えられます。

フランスでの労働に関するメンタリティは徐々に変化してきています。今回、「つながらない権利」が改正労働法に盛り込まれたのは、労働者の権利と生産性の向上を両立させるためにも朗報でした。他国も検討する価値があるのではないかと思います。今後どのような理論的展開が可能になるのか、社会学者として、興味深く見守っていきたいと思います。


※ 「つながらない権利」とは、労働時間外にはメールなどに対応しなくてよい権利、接続を切ることができる権利のこと。2017年1月より従業員50人以上の企業について、労働者(または労働組合)との協議の中につながらない権利を含めることが可能になった。なお、万が一合意に至らなかった場合、企業は政府が推薦する方法を取り入れることが推奨されている。

 

2018年02月22日