2020の人事シナリオVol.07 西井 孝明氏 味の素

多国籍化しただけでは、グローバル化とはいえない

大久保 グローバル化先進企業と評されることの多い御社ですが、中長期経営戦略上、どのような人事課題をお持ちですか。

西井 我々としては、まだ真のグローバルカンパニーにはなっていないという認識です。私は、グローバル化の進展を4段階で考えています。段階1は、海外拠点は増えたものの、各地域・国のトップの権限が強く、ローカル主導・ローカル最適の事業運営がなされている状態。段階2は、そうしたローカルの戦略に、食品、医療など事業分野ごとの戦略を組み合わせて、事業トップと各地域・国のトップが両輪で意思決定をする状態。段階3は、IT、財務、人事などの本社管理機能を強化し、事業の枠組みを超えた全社的なグローバル戦略のもと、ローカルと本社が一体になって動く「連邦制」の状態。このようなステップを踏むと、ローカルの「分権」を認めながら、事業や本社の経営判断の軸を各地域・国にも埋め込めます。そして、段階4でもう一度地域軸を重視していく。すると、各地域・国が本社の経営判断とローカルに適した判断のバランスをとって、自律的に動くことができる、というわけです。

大久保 御社は、今、どの段階にいるという認識ですか。

西井 4段階のうち、グローバルカンパニーと呼べるのは段階3以上だと考えています。弊社は戦前の1917年から海外進出しているため多国籍化はかなり進んでいますが、オペレーションの仕組みはまだローカル中心であり、段階2にあると認識しています。人事としては、事業主導の組織運営の色合いをさらに強めながら、その先の経営のグローバル化を支える仕組みづくりが現在求められているところです。

大久保 経営がグローバル化したあとまた各地域・国に戻るという発想は、グローバル化の段階として大きな進化だと思いますね。

西井 グローバル戦略は、日本人の本社スタッフだけが考えても意味がない。グローバル、ローカルそれぞれの戦略を策定・遂行する基幹人材のレベルを高めなくてはならない、というのが喫緊の課題です。

グローバル化には世界共通の人事プラットホームが必要

大久保 ローカルで戦略を担当するスタッフは、やはり日本人が多いのでしょうか。

西井 現在70の海外法人がありますが、役員ポストは約220。そのうち日本人以外は35%です。ですが、戦略判断を担うトップとそれを補佐する戦略スタッフはまだ圧倒的に日本人に偏っている。ここを変えていくために2010年に整備したのが、グローバル人材の人事プラットホーム。220人の現地法人役員とその予備軍200人、計400人強の基幹人材を一元的に「見える化」し、計画的に人材登用できる仕組みをつくったのです。タレントマネジメントを行ううえでの人材データベース、職務データベース、彼らを対象にした育成プラン、報酬システムの4項目で構成されています。

大久保 各国の幹部を世界共通のボードに載せることによって、日本人以外の従業員も基幹人材に育成・登用していく仕組みをつくり上げる。これが現状の中心的課題ということですね。候補生はどう選抜するのですか。

西井 人材委員会という組織をつくっています。社長の伊藤雅俊が委員長で、研究開発統括の副社長、生産統括の役員、主要部門である食品、バイオファインそれぞれの事業本部長、それから人事、コーポレート部門の担当役員が主なメンバーで、このなかの議論で新たにトレーニングシステムに参加させるメンバーを決めています。

大久保 海外人材の能力把握は、多くの企業が課題と感じているところです。

西井 ある意味、選抜されて参加した研修の場が、人材アセスメントの機能を果たしているのです。

大久保 どのようなプログラムがあるのですか。

西井 主なものにグローバルグループリーダーセミナー(GGLS)と味の素グループフューチャーリーダーセミナー(AGFLS)があります。GGLSは事業部長や事業部長候補を対象とした研修で45歳前後を想定。AGFLSはもう少し若く30代後半のイメージです。それぞれ毎年30人程度を日本に呼び、GGLSの場合約6カ月間、味の素の理念や価値観を教育したり、ワークショップスタイルで味の素グループのグローバル課題を検討させ、人材委員会委員長、つまり社長に対してプレゼンテーションをさせたりしています。本人にとってはキャリア形成のための仕組みですが、人事にとってはグローバルに活躍できる人材を発掘するための貴重な機会になります。こうした仕組みを回しながら、今後3年間で現地法人役員の日本人以外の比率を50%にしていきたいと考えています。

日本人のゼネラルな応用力だけでは、もはや通用しない

大久保 日本人以外の従業員の育成に特に力を入れる理由は?

西井 これまでは、日本式のゼネラリスト人材を育成し派遣することで、海外事業をある程度うまく回せていた。しかし、あらゆる方向からライバルが参入してくるグローバル競争においては、ゼネラルな能力のみでは限界があります。

大久保 それぞれの地域のマーケットをよく知る人材を、うまく活用すべきだと。

西井 ええ。つい先日もアメリカウォルマート2500店に味の素の冷凍食品が納入されたという記事が新聞に載りましたが、5年前までは非常に苦戦していたのです。状況が変わったのは、開発責任者と販売責任者を日本人からアメリカ人に代えたときからです。

大久保 日本人の場合とどこが違ったのでしょう。

西井 たとえば、日本人のときは、エビシュウマイとかチャーシューチャーハンを一生懸命開発していたのですが、そのアメリカ人開発責任者はオレンジチキンの開発を始めたんです。オレンジソースがかかったこのレシピのほうがアメリカ的だと。

大久保 日本人には発想できませんね。

西井 できません。販売にしても最初からウォルマートをよく知る人を登用した。それが現地に適合する、ということです。

大久保 食文化は特に地域特性が強いですよね。

西井 バイオファインビジネスにもいえるのです。たとえばアメリカにあるグローバル企業は、グローバルに展開しているといっても、彼らにとっては、やはり日本人よりアメリカ人相手のほうがビジネスしやすい。だったら、我々の基準ではなく、アメリカのお客様にとって優秀な人にやってもらうほうがはるかに効率的です。

大久保 今後、ますます適材適所の必要性が高まると?

西井 そうです。しかし、ローカル主導の人事制度、評価システムだけでは、我々が、その人をできる人かできない人か見極められない。それで先ほどの人事プラットホームが必要になるのです。400人強の基幹人材のなかに、将来にわたって活躍してくれる戦力がどの程度いるかも、我々は見極めておかないとならない。これが人事として極めて大事なことだと思っています。

次に必要なのは、マネジメントの世界共通プラットホーム

大久保 先ほど、事業主導のグローバル化の先に、経営のグローバル化がある、というお話がありましたが、どのような展望をお持ちですか。

西井 「ワンマネジメントシステム」というコンセプトだと思います。各事業本部、地域主導の意思決定と、グローバルな経営判断の仕組みを統合する必要がある。いろいろ方法はあると思います。現在も、事業ごとにすべきことを吸い上げて、本社の経営会議で決めるという仕組みですが、これではスピードが遅いし、本社にいる日本人の判断が優先されます。

大久保 ガバナンス自体の変革が必要だということですか?

西井 最初の話に戻りますが、経営判断軸を共有し、各地で判断できたほうがスピーディですよね。それが「ワンマネジメントシステム」というプラットホームなのです。共通の経営判断軸を各地域・国も持っていれば、「今、あの事業が投資を優先されるのは当然だ」という理解が生まれる。経営戦略が全社に明々白々になる。そうした戦略の透明性が、真のグローバルカンパニーになるためには欠かせないと思っています。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)