2020の人事シナリオVol.25 志岐 隆史氏 全日本空輸(ANA)

外国人採用と新人の海外配属を推進

大久保 グローバル化や格安航空会社(LCC)の台頭などにより航空業界の競争が激化しています。アジアナンバーワン戦略を掲げる御社にとっての人事重点課題は、どのようなことでしょうか。

志岐 第1の課題は人材のグローバル化です。客室乗務員についてはイギリスや上海の客室の拠点では既に全員外国人ですが、パイロットや整備士にはまだいません。事務系総合職も、新卒採用約30人のうち外国人は例年1〜2人でした。今後は事務系総合職で2割程度にしていこうということで、2012年度は31人中9人の外国人を採用しました。

大久保 31人中9人はかなり多いですね。皆、日本に来ている留学生ですか。

志岐 はい。残念ながら海外の大学からの応募はあまりありません。出身地域もアジア中心で、中国人3人、韓国人4人、台湾人1人とロシア人1人です。

大久保 9人にも上ると、入社後の活用の仕方も変わりますか。

志岐 我々の業界は現場が基本ですから、日本人社員と同じようにお客さまのフロントラインに立つことから始めてもらうつもりです。ただ新入社員研修や、「同期のありよう」については多少気を使っています。

大久保 同期のありようとは、どういうことですか?

志岐 同期入社というのは、職種を超えた社員同士のつながりを生みます。弊社は新卒採用を中心としてきたこともあり、同期のつながりを大事にしてきました。もともと人材のタイプは幅広く採用してきましたが、国柄や文化基盤まで違うとなると彼らがどこまで打ち解けられるのか、未知な部分はありますね。

大久保 社員の年次管理は、日本以外ではあまり行われていません。人材がグローバル化しても、御社では従来通り年次管理を重視していくということですね。そのほかにはどのようなグローバル施策がありますか。

志岐 2011年4月に日本人の新入社員をいきなり海外配属したのも新しい試みです。シンガポールの市内支店と空港に男女1人ずつ送りました。実は、採用試験において英語の成績が良くなかった2人です。

大久保 新人をいきなりですか。

志岐 はい。最初は苦労したようですが、半年後に会ったら元気にやっていました。何事もやってみれば何とかなるものです(笑)。

グループ会社から本体管理職へのキャリアパスを設置

志岐 2つ目の課題がグループ体制です。航空の仕事は、いろいろな職種が一緒になって1つのオペレーション(飛行機の運航)を行います。グループ会社により労働条件や人事制度が異なる状況において、全体としていかにうまく仕事を進めていくかは大事なテーマです。そこで、ANA本体のグループ業務関連管理職に、グループ会社からも上がってこられるキャリアパスを設けました。登用者はまだ1人ですが、そうした実績を増やすために、その下の部長研修、新任部長研修、新任管理職研修などもグループ会社とANA合同でやり始めています。若い年次でのグループ会社とのキャリア接続も、今後10年以内のテーマになるでしょう。

大久保 グループ体制は、今後多くの企業で課題になるでしょう。最近は持ち株会社化、グローバル化やM&Aなどで、グループ会社の関係も多様化しています。人事制度や処遇も異なるグループ内でどう求心力を保つかは、難しいテーマです。

志岐 各社のコスト競争力の問題があるので人事制度や処遇を合わせるのは難しいですが、キャリアパスでグループをつなげられないかと、今試しているところです。

大久保 制度の違いや待遇の差は、社員のグループ間異動を容易にすることでヘッジしていくということですね。

志岐 グループ会社のキャリアパスにしても、専門分野でエキスパートになるだけでなく、グループを横断的に動いていく道があってしかるべき。それに足る能力を持つ人も大勢います。そうなれば、ANAへの入社はグループ会社からのみということになってもいいのかもしれません。

異質な人材をはじかず育て、社内に多様なチームを

志岐 3つ目の課題がダイバーシティです。新たな発想やイノベーションを起こしていくためにも、多様性の推進には力を入れていきたいと思っています。

大久保 私は、イノベーションが起きるには、多様性と同時に同質性も不可欠だと思っています。人材が多様化すれば、組織への求心力は弱まる。そこをつなぐ企業カルチャー的な共感性が逆に必要になります。御社はLCCのエアアジアと共同で2011年にLCC(エアアジア・ジャパン)を設立しましたが、企業カルチャーは相当異なるのではないでしょうか。

志岐 まったく違いますね。まずトライしてみて失敗しそうになったらさっと方向転換して別の方法を探るあのチャレンジ精神、スピード感。逆に我々がいかに大企業病化しているかに気づかされ、いい刺激になっています。そこで我々もカルチャーを見直そうという話になり、「グループカルチャー推進準備室」を立ち上げました。そこにはあえて、型破りな社員ばかりを集めています。どんな方向に進み出すかわからないようなメンバーでマネジメントは大変ですが、面白いことをやってくれそうな期待感があります。そうした異質な人材をはじかずに育てていくことはとても大切だと思っています。

大久保 大企業病というのは、現場重視・経験重視の野武士的な人材を、ルール重視・理論重視の官僚的な人材が封じ込めていくプロセスだといわれています。これを避けるには、官僚的な人材ばかりを出世させず、野武士的勢力とのバランスを取ればいい。

志岐 なるほど。弊社でも何かで選抜リストをつくると、大体決まったタイプになります。別タイプを意図的に組み込んで多様な人材でチームがつくれるようになれば、会社として強くなっていけると思います。

優秀な学生をたくさん採るより、さまざまなタイプを

志岐 新卒採用も、優秀な学生をたくさん採るより、さまざまなタイプを集めたほうがいいと思っています。何をもって優秀と言うかは、本当のところ誰にもわかりません。むしろ、私が会う5次面談の前に、型破りな人材はほとんど落とされているのではないかと心配しています。あるいは型破りな人材は、ANAよりもグループ会社に集まっているのかもしれないので、グループ内で人材を流動させるのは、そういう意味でもよいと思っています。

大久保 面接担当者が選ぶ人材は、多くの場合、面接担当者自身の投影であると、私は思っています。つまり面接とは面接する集団グループの再生産機能なのです。ですから型破りな人間を採りたければ、面接担当者を型破りな人物にしなければならない。いくら面白い人間を採れと言われても自分が評価できない人間を採るのは難しいものです。

志岐 なるほど。

大久保 面接やエントリーシートによる採用はその点で限界がある。今後は採用選考プロセスも多様化していくと思います。そもそも職務歴のない人を、学生時代頑張った事柄や、困難にぶつかったときの乗り越え方から推測して判断するのは危険なはず。海外ではインターンシップで実際に働くのを見て採るのが一般的で、学校成績のウエイトも面接より高い。欧米系の企業などは成績をエントリーの足切りに使っているくらいです。

志岐 でも、成績は相当悪くても面白い人間はいますよ。

大久保 ですから、全員同じパターンで採用しないほうがいいのです。選考方法自体が多様化すれば人材の多様性も担保できる。ダイバーシティを進めるということは、結局、選考方法の多様化につながっていくのです。

志岐 私も、面接をするとき、多様なタイプに分散するよう配慮しています。学生時代によく勉強した人も、運動ばかりやっていた人も必要です。面白い素養を持った人をどんどん採っていけばいいと思います。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)