2020の人事シナリオVol.24 和田 慶宏氏 旭化成

事業が分社化。では人事も分社化すべきか

大久保 はじめに1つお伺いしたいのですが、御社は2003年10月に分社化し持ち株会社に移行しましたが、持ち株会社制に移行する企業は今後さらに増えると思われますか。

和田 増えると思います。実は、私は当時、分社化に反対でした。分割にどんな益があるのか、という疑問があったのです。結果的に、事業の収益性をより意識するようになったというメリットがありましたが、逆にデメリットもありました。それぞれの会社の遠心力が働き、旭化成という「軸」がぶれてしまったのです。その意味で、現在は見直しが必要な時期だと思っています。

大久保 分社化すると、採用力が低下するというリスクもありますが御社はいかがですか。

和田 特に問題は感じていません。人事部長が各社にいて、各社なりの施策を打っているわけですが、それ以外にグループを意識して動く部分が強いからです。採用計画はグループ全体でつくり、採用窓口も一本に絞っています。採用時には本人の希望を聞いてそれぞれの会社に入ってもらいます。事業会社をまたがる異動もありますので、その点もきちんと説明しています。

大久保 事業は分社化して、人事は完全には分社化しない。そのやり方がいいのでしょうね。実際、事業会社間の人事異動はかなり頻繁なのでしょうか。

和田 そんなに多くはありません。辞令を発して動いてもらうのが年間100人、自ら手を挙げての異動は最近少し減って30人位です。人事が意図的に動かす人数をもう少し増やしたいと思っています。

グローバル化で変わる「国と会社の関係」

大久保 御社は2011年から「For Tomorrow 2015」という中期経営計画を実行されていますが、人事に関する「計画」を教えてください。

和田 2011年に、その中期経営計画に合わせ人事独自の中期計画をつくったのです。最も力を入れるのが人財育成です。グローバル人財、新規事業創出人財、経営人財、これらの育成に注力します。

大久保 人事異動によって多様な経験を積ませることが人材育成の重要な鍵だ、と私は思っています。加えて重要なのが上司です。ワークス研究所で行っている新規事業創造人材の研究からわかったことですが、そういう人は若い時から何らかの片鱗を見せていることが多いのです。キャリアを積んだあとに、突然、イノベーティブな人材に豹変することはまずありません。若い時からやんちゃで、何かを試していた人が、上司に恵まれて引っ張り上げられ、イノベーターになっていく。ですから、結構早い段階で、そういう人材を発掘する必要があるわけです。

和田 なるほど。当社では、中期経営計画に基づき、環境・エネルギー、住・くらし、医療の各分野で、「これからプロジェクト」と名づけた計3つの新規事業を推進しています。具体的には、先端的な電池材料の開発、省エネや住む人の健康までを考慮した付加価値の高い住宅づくり、救命救急医療の高度化などです。それを担っているのはグループ全体から横断的に抜擢した人財です。

大久保 どうやって人選されるのでしょう。

和田 人事と、各プロジェクトの責任者が話し合って決めています。

大久保 そういうポテンシャルの高い人材は人事がすべて把握されているのでしょうか。

和田 きちんとデータ化しているわけではありませんが、課長クラスと部長クラスをそれぞれ対象にした「ビジネスリーダー制度」という選抜研修制度があり、そこに選ばれる人財と結構だぶっています。この制度で「あなたは次代を担うリーダーです」ということを本人に知らせています。弊社は横並び意識が強かったのですが、悠長なことはもう言っていられません。

大久保 グローバル競争もにらんで、ということでしょうね。

和田 はい。遅ればせながらですが、2012年から、30歳前後の若手を毎年15人、海外勤務や留学に行かせる「トレーニー制度、指名留学制度」を始めます。

大久保 グローバルというと人はもちろん、本社を海外に移転する企業も増えると思いますが、御社はいかがでしょう。

和田 そういう動きもあるでしょうが、弊社は違います。以前、私が旭化成ファーマに在籍していたとき、画期的な新薬が開発され、世界販売を考えるなら、外資系大手の傘下に入るのが最も効果的だ、と言われました。そうなると本社が外国になるわけです。本社が海外になったら、旭化成らしさがなくなるでしょう。そうまでして海外に行くべきか、そもそも国と会社の関係はどうあるべきか、随分悩みましたが、結局そうはしませんでした。

大久保 多くの会社が同じような悩みを抱えています。特にグループ会社の場合、グループ本社はもちろん、事業会社の本社をどこに置くか、という問題もあります。事業によっては日本以外の場所に置いたほうがいい場合もあります。ローカル会社のトップを集めて頻繁に会議をする、本社の経営陣がローカルの事業を手厚く支援するとなると、本社機能はより現地に近いほうがいいでしょうね。グローバル人材の育成はどうやって進めていくのでしょうか。

専門家と経営者は対立概念ではない

和田 旭化成グループの社員数は現在約2万5000人で、内訳は「外国で働く外国人」が3000人、「日本で働く外国人」が100人、「外国で働く日本人」が160人で、その他圧倒的多数の2万2000人あまりが「日本で働く日本人」です。「外国で働く外国人」の場合、そのなかから管理職を育てて、将来的には現地のトップを担ってもらうわけですが、そのための処遇制度、育成制度も整備していきます。「外国で働く日本人」は200人くらいまで増えたら、あとは横ばいでしょう。現地の人が育ってくれれば必要ないわけです。

大久保 わざわざ日本から人を送る必要はないと。

和田 はい。実はいちばん大きな問題が「日本で働く日本人」のグローバル化なのです。よく現地の日本人駐在員がこぼすのですが、現地社員が日本の物流部門に電話をかけても英語が理解できない。結局は日本人駐在員が日本語でもう一度、電話をかけなければならないので、仕事が増えて困る、というのです。

大久保 それはその通りですね。「日本で働く外国人」はどうでしょうか。

和田 それまでは一桁の数でしたが、2012年から10人、外国人を新卒で採用しました。2013年は15人採用するのが目標です。この層を増やすことで「日本で働く日本人」のグローバル化が促進されればと思っています。

大久保 経営人材の育成についてはどうでしょう。その場合の経営とは事業会社の経営でしょうか。

和田 いやむしろ、持ち株会社のトップのほうです。この場合も、異動によって多様な経験をいかに積ませるかが大切になってきます。

大久保 技術畑の人材を専門家としてずっと育てるのか、ある時点から経営者への道を歩ませるのか、どうやって判断されていますか。

和田 極めて難しい問題で、いつも悩んでいます。しかし、ある専門分野を本当に極めた人財はマネジメントもできる。逆に、マネジメントができないから専門家になったという人はうまくいきません。

大久保 私も同じ考えです。専門性を極めると仕事の裾野が広がるので、チームで仕事をせざるを得なくなり、リーダーには必然的にマネジメント力が必須になるのです。2011年、10数社の人事の方にご協力いただき、20代から50代の年代別に、社員の方それぞれの成長過程を分析する調査を実施しました。そこでわかったのは、長期的に見て、20代でリーダーシップを鍛える経験を積ませてから専門分野を深掘りさせたほうが、逆の場合より、人が育つ、ということがわかりました。専門性ではなく、最初はリーダーシップを鍛えよ、というわけです。

(TEXT/荻野 進介 PHOTO/刑部 友康)