2020の人事シナリオVol.20 中島 宏氏 DeNA

グローバルナンバーワンを目指してこの1~2年が勝負

大久保 極めてベンチャー性の高い企業の代表として、御社の中長期戦略と人事課題についてはとても興味があります。

中島 ありがとうございます。インターネット業界では、この2011年、2012年は、将来○○革命と名がつくような大きな転換期になるだろうといわれています。スマートフォンの浸透で、インターネット端末はいよいよ1人1台。端末価格も安く、発展途上国への普及も見えてきました。ここからのマーケット規模の拡大スピードは、1990年代のインターネット革命の比ではないでしょう。加えて、アメリカから広がったインターネット革命と違って、今はサムスン電子などの韓国企業がグローバル市場を席巻したり、日本発のアプリが世界で売れたり、どこの国からでも世界にチャレンジできる状況です。モバイル端末でソーシャルゲームをする、ゲームをきっかけにバーチャルな人間関係を楽しむという感覚は日本が最も進んでいるので、このチャンスに一気にグローバルナンバーワンのソーシャルゲームプラットフォームをつくりあげるというのが弊社の方向性です。

大久保 人材のグローバル化は必須ですね。

中島 ええ。でも、日本人がバイリンガルになった程度では成功できないでしょう。人が楽しいと思う感覚は地域によって微妙に違う。単純にローカライズしただけでは通用しません。その地域のユーザー感覚、そして商習慣を知るバイカルチャーな人材がどうしても必要です。しかも勝負はこの1~2年。ロードマップをつくっている時間などありません。グローバル化の垂直立ち上げ、それが今最大の課題です。

大久保 今、日本企業の多くが、グローバル化のスピードを上げる必要を感じています。人材の採用、育成は本来時間がかかるもの。このズレをどうやって埋めていくかですね。

変化に強い組織づくりとパートナー型M&Aで人材確保

中島 現状はグローバルにおいても国内においても、仕事やポジションに人材の数がまったく追いつかない状態です。この問題については、現有戦力でいかに最大成果をあげるかと、人的リソースをどう増やすかの両面で考えています。現有戦力については、市場の変化に応じてどんどん変わっていける組織であることが大事だと考え、「大黒柱は引っこ抜く」という特殊な組織運営をしています。新しいビジネスを立ち上げ、いよいよ軌道に乗る頃にいちばんのスタープレーヤーをほかのフロンティア事業に異動させるのです。報酬体系と役職を完全に分離させて、部長からヒラになるようなダイナミックな異動でも降格とは受け取られないように工夫をしています。

大久保 社員の目には優秀な人ほど次々新しい仕事にスイッチしていくと映るわけですね。一方の人的リソースの増やし方にはどんな特徴があるのでしょうか。

中島 日本人を海外拠点に送るとか、現地の人材を採用するといった一般的な手順ではまったく追いつきません。一気に人材を確保する方法が現実的かつ効果的です。M&Aのスタイルも弊社はやや特殊です。2010年にアメリカのゲーム開発会社ngmocoを買収しましたが、社長のニール・ヤングには弊社取締役に入ってもらい、子会社社長というよりパートナー感覚で仕事を続けてもらっています。欧米のマーケットを攻略するうえでは、彼らのほうが感覚的に長けている。彼ら主導で日本のノウハウも使って成功確率の高いものをつくってもらおうという考えです。

大久保 それはスピード面だけでなく、M&Aの手法としても正しいですね。研究によると、M&Aは多くの場合、買収した会社を変えようとして失敗している。変えようとするから人材が流出し、業績が見通せなくなるのです。

エンジニア獲得競争激化。新卒採用も能力別給与に

大久保 エンジニア獲得競争が激しくなり、年俸ベースが上がり続けています。

中島 そこは、世界最高水準の人材をそろえていく方針なので、出し惜しみはしません。世界レベルの経験、実績があるエンジニアであれば年収3000万円、3500万円もありえる。新卒採用に関しても、一律の初任給をやめ、学生の実力に応じた年収を提示しています。ただ、本当のところ、エンジニアはあまり給与に心を動かされませんね。

大久保 では、何がエンジニア獲得競争における優位性になるのでしょうか。

中島 弊社の場合は、グローバルであること、優秀な人材がいること、思い切り成長できること、この3つです。技術コミュニティの中心人物やカンファレンスで度々目にするようなエンジニアが隣の席で仕事をしていることはエンジニアにはとても魅力的。また、優秀な人材であれば、今すぐにでも任せたい重要なポジションがたくさんある弊社の状況も、早く成長して市場価値を高めたいと考える人には非常に響くようです。2010年、ヤフーとDeNAの提携がネット業界で話題になりましたが、その責任者も新卒入社数年目の社員でした。

大久保 我々の分析でも、上位2~3割の優秀な学生は、優秀な人の多い会社で働きたがります。自分の成長力が高まると考えるのです。

中島 もちろん日本の伝統的な会社でも、10年、20年、30年のタイムスパンで育ててもらえる。けれどもこの変化の激しい時代、順番待ちはしていられないと感じる学生はとても多いです。

エンジニアにい続けてもらえる風土、キャリアを準備

大久保 一般に離職率の高い業界といわれていますが、御社の施策は?

中島 入社の段階で、DeNAで活躍してもらえるエンジニアかどうか、マインドセットも含めてあらゆる面を確認した後に採用するため、離職率は低いです。

大久保 それは非常に日本的ですね。グローバル企業は、インターンシップ受け入れではかなり厳選しますが、そこからの入社に関しては審査がゆるい。反対にリーダーを選出する段階であらためて厳しく選抜する。リーダーになれない人は去れということです。

中島 そこはまったく違います。入社の敷居は高くても、その後のキャリアパスは多様。1つのビジネスや技術を極めるエキスパートはもちろん、エンジニアをまとめるプロジェクトマネジャー、サービスを生み出すプロダクトマネジャー、あるいは事業リーダーの道もある。これらは弊社のエンジニアが、自分たちへの評価のあいまいさを是正しようと取り組むなかで、自らのキャリアを展望して生み出したキャリアパスなので、現実的かつ実践的だと思います。

大久保 我々の研究でも、プロフェッショナルには、専門性を追求したあとビジネスに転じるビジネスリーダー型、複数の専門領域をカバーしながらプロデューサー的な仕事をしていくプロデューサー型、そして専門性を深く極めるエキスパート型の3つのタイプがありました。

中島 なるほど、似ていますね。興味深い。

大久保 先ほど大黒柱を引き抜く話がありましたが、異動を積極的に行う会社は、社員のキャリア展望の持ち方が全然違います。自分のキャリアを客観的に見られるため、早い時期から展望が持てるのです。

中島 弊社も、次にやりたいことが明確な社員が多いのです。そのため「活躍している順に好きなことをやらせる」という異動ポリシーを掲げ、社員にはアサインのチャンスを逃さないためにやりたいことはどんどん表明しておくよう言っています。

大久保 今は自分のやりたいことがわからないという人が多い。会社が「やりたいことはどんどん言ってくれ」と言っても、社員は無駄だと思っていて、これが閉塞感につながっている。本来、会社が自分のやりたいことをわかってくれ、いい仕事をしていればいつかアサインしてくれるという信頼があれば、自分のやりたいことを表明できるものなのです。

中島 成長したいという社員の思いに応えないと、優秀な人材が離れてしまう緊張感があります。これも好きなことをやらせるというポリシーの大事な要因になっています。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)