2020の人事シナリオVol.02 青野 史寛 氏 ソフトバンク

東ローマ帝国の興亡に学ぶ

大久保 御社は2010年6月に創業30年を迎え、孫正義社長自ら、大勢の社員を前に次の30年に向けた「新30年ビジョン」を発表されました。300年続くソフトバンクグループのDNAを設計することが最も重要な自分の役割だ、と話されていましたが、何とも壮大な時間軸ですね。

青野 はい。創業30年を機に、次の30年を考えよう、というわけでビジョンをつくっていたのですが、途中で孫正義が「300年を考えたら30年なんて一里塚じゃないか。やはり300年のタームで考えよう」と言い出し、取り組みの視点を大変更しました。

大久保 私は小泉純一郎政権時代の2000年に、2025年の日本を考えるという政府のビジョンづくりに関わったことがあります。最初につくったものは、竹中大臣(当時)に「もっと大きな絵にしてほしい」と言われ、急遽、合宿してつくり直しましたが大変な作業でした。

青野 そうでしたか。私たちはこれからの300年といわれてもピンと来ませんでしたから、長く続いた王朝や企業、宗教などの歴史を振り返ることにしたのです。たとえば、東ローマ帝国がなぜあれほど長い期間存続したのか、何が原因で滅んだのか。それを探ることで、人事や組織、ガバナンスのあり方を考える際の有益な知見が得られるのでは、と考えました。

大久保 どうでしたか。

青野 面白かったですよ。たとえば、戦勝国が敗戦国から決して奪ってはいけないものが3つあることがわかりました。宗教、言語、そして女性です。1つでも奪うと、激しい抵抗が起き、統治がうまくいかなくなるのです。私どもは国内外で企業買収や事業提携を数多く実行して事業領域を拡大してきているのですが、株式保有の割合は20%から40%という場合がほとんどで、何が何でも半数以上、というやり方を採っていません。これは歴史に当てはめてみると、半数を握るということは宗教や言語を奪うのと同じなのかもしれない、と思いました。

大久保 内閣府がつくったM&A研究会の委員をやったことがあるのですが、確かに買収側が株式の半数以上を握っているのに、うまくいかなくなるケースが多くありました。買収を成功させるためには、お金とは別のビジョンや志で相手を惹きつけなければならないということでしょう。

先端技術と市場動向に通じていた織田信長

青野 まさにその通りで、私たちは資本的結合より同志的結合を目指しているわけです。たとえば中国のインターネット大手、アリババにも私たちは出資していますが、その子会社タオバオ設立の際には、私たちのノウハウを惜しみなく提供し、事業としての成功に貢献できました。

大久保 ほかには何をされたのですか。

青野 あとは、坂本龍馬、織田信長、聖徳太子の研究です。いずれもパラダイム転換を成し遂げ、日本を世界のなかに改めて位置づけた偉人たちです。

大久保 これまた面白そうですね。私はその3人なら聖徳太子に興味があります。聖徳太子には何人もの人の話を同時に聞き分けた、という逸話がありますが、あれは実は朝鮮からやって来た渡来人の言葉も理解できた、という意味らしいですね。つまり、日本で最初にダイバーシティ(多様性)を実践した人だ、ということです。

青野 そうなんですか。私が面白かったのは信長です。当時、日本には銃が何丁あって、うち信長が何丁押さえていて、象徴的な長篠の合戦では何丁使ったか、ということを、合戦の布陣図を見たり、研究家に聞いたりして推定したのです。さすが信長です。銃という最先端テクノロジーと、そのマーケット変化にとても敏感だったことがわかりました。

大久保 ゲーム理論を使って信長の生き方や戦い方を解釈すると、みごとにセオリー通りだそうですよ。ところで、人事に関しても今後のビジョンを考えられたのですか。

青野 はい。「新30年ビジョン」には、現在約800社あるグループ企業を30年後に5000社にするとあるのですが、その5000社の国内・国外比率、トップの男女比、平均年齢、必要な人材像などを人事のメンバーで真面目に議論したわけです。

後継者育成機関の定員3分の1を社外に開放

大久保 5000社とは結構な数ですから、数を確保するにはM&Aがますます重要になりますね。企業調達のみならず、人材調達の手段にもなるわけですから、採用という概念がずいぶん、広がります。その結果、今まで以上に、多種多様な人がグループのメンバーになるのではないでしょうか。

青野 そうですね。それを象徴しているのが孫正義の後継者を育てるために開設したソフトバンクアカデミアです。孫正義は54歳ですが、「60代で後進に道を譲る」と、「人生50カ年計画」の中で言ってきました。それが60歳なら6年後、69歳なら15年後です。次の後継者の年齢が40代半ばから50歳だとして、交代が6年後だとしたら、いま30代後半~40代の人間なわけです。ところが、いざ社内を見渡すと、その年代に、ふさわしい候補人材が十分とは言い切れない。それで、「後継者の候補が社内の人間だけである必要はあるのか。そもそもサラリーマンに孫正義の代わりが務まるのか」と発言したら物議を醸しましてね(笑)。最終的に、アカデミアの入学資格を社外にも広げることにしたのです。

大久保 開校が2010年の7月でしたね。どのくらいの人が集まったのですか。

青野 全体の枠が300人で、うち30人を外部枠としたのですが、蓋を開けてみたら、応募の意志を表してくださった方が1万人を超えたのです。社内の応募は約1000人でした。1000人のうちの270人と、1万人のうちの30人だと、倍率が開きすぎです。そこで枠を変えて200人を社内、100人を外部としました。

大久保 外部からはどんな人が集まったのでしょう。

青野 いずれも多士済々で、企業人が半分、あとの半分が経営者、医者、官僚、大学教授、コンサルタントなどです。せっかくの場ですから、アカデミアで学んでもらうだけではなく、一緒に事業を興すこともあるでしょう。そういう協業を通じてお互いを理解しつつ、ゆくゆくは本当に孫正義の後継者になってもらう。そういう面白い動きが起こればいい、と思っています。

この時代、経営者になるのは早いほうがいい

大久保 経営者になるトレーニングは早ければ早いほどいいでしょう。熟達の研究というのがあるのですが、どんな分野でも、人がプロの入り口に立つまでに10年、プロになってピークの業績をあげられるまでに10年、合計20年の期間が必要なのだそうです。仮に50歳でトップになるとしたら、30歳の時点で、経営者としての仕事を始めないとものにならない、ということです。ましてや、海外企業の場合は40代のトップが当たり前です。体力と気力にあふれた、そういうトップと互角に渡り合うには、日本企業のトップも大幅に若返る必要があります。孫社長の後継者以外に、そういう経営者を少なくとも5000人育てなければならないわけですね。

青野 はい。起業したり買収したり5000社という数になっても、潰れる企業もあるでしょうから、その何倍、何十倍もの数がいります。必然的に、潰れた企業の後処理を行い、失敗要因を分析し、次につなげる仕事をする部隊も必要になると思います。

大久保 以前、事業再生を担当するターン・アラウンド・マネジャーを育成する委員会に出ていたことがあるのですが、アメリカではそういう仕事はとにかくハードでストレスがたまりますから、高額の年収を保証し、何度かに1度で成功すればペイするようにして、休養できる期間も保証するようにしているそうです。

青野 それはいいやり方ですね。参考にします。

大久保 30年、300年という長期視点でものを考えると、常識にとらわれない発想やアイデアが生まれてやはり新鮮ですね。

(TEXT/荻野 進介 PHOTO/刑部 友康)