2020の人事シナリオVol.17 宮﨑直樹氏 トヨタ自動車

日本の雇用を守ることと高齢化対応が最大の課題

大久保 国内市場の成長が期待できないことに加えて、車という商品そのものが直面している変化があります。非常に舵取りが難しい時代ですね。

宮﨑 何をターゲットにして商品開発をし、技術戦略を立てていくかがより大事になっています。日本や欧米先進国の市場は成熟化し、新興国市場へシフト。どんな車が売れるのかといった読みも必要になります。

大久保 環境変化に応じて人材戦略も変化するはずです。今視界に入っているテーマは何ですか。

宮﨑 1つは、グローバル化への対応。もう1つは、従来とは違った車づくりに対応できる人材の育成。その一方で、日本のものづくりは最後の最後まで残していくという覚悟のもと、雇用を維持することと高齢化対応が大きな課題です。景気がよかった頃とは違い、今は付加価値を生めない人材まで抱える余裕はない。個の戦力化が重要になっています。

中央集権から、地域主権のグローバル化へ

大久保 これまでいろいろな企業で話を伺いましたが、グローバル化には一定の段階があるようです。最初は日本人が海外に出ていきリーダーシップをとる。次に、現地で採用した人を経営陣に抜擢し組織を現地化。ただこれだと、各国、各地域での最適施策は実現できてもグローバル全体にとっての最適施策はとりにくい。そこで、次は日本人と外国人混合のグローバルリーダー人材プールをつくるという段階になります。

宮﨑 欧米での現地化は歴史もあり、トップを張れる人材も育っています。要に日本人を置きつつ、基本的には現地で現地の人材が判断する方向に進んでいる。一方、新興国はまだそうした段階に至らず、人材を育てながらも実質日本人が指揮を執っている状態です。ただ、国によってスピードは違います。中国のように一気に伸びた国もあれば、なかなかマーケットが成熟化しない国もある。現実は二極分化しています。その国に応じた形でやっていくしかない。

大久保 諸外国の人材を他国法人の経営者として登用するようなこともありますか。

宮﨑 弊社には地域ごとに統括会社があって、たとえば、タイの地域統括会社にはアジア各国の人材を集めて交流を進めており、必要であればそこから送ることも可能です。しかし本来は、その国の人材がその国の社長を務めるのがいちばん望ましいのです。そうした人材を育てていくことも、各地域統括会社の大きな役割になっています。

大久保 特に新興国は、欧米とは違うニーズが存在します。経営トップが地域のニーズを的確につかんでいるかが勝敗の鍵となる。

宮﨑 そうなんです。インドで、欧米で実績のある「カローラ」を販売していますが、思ったほど伸びません。「カローラ」の価格でさえインドでは高級車の扱いなのです。それで「エティオス」というエントリーカーを出したところ、よく売れている。社内には、欧米基準だけで物事を考えてはいけないという反省が生まれており、弊社社長の豊田章男も、「地域主体の経営」「地域の実情に即した車づくりをしていこう」というメッセージを発信しています。

高齢者の活躍先として、海外の現場は有望

大久保 高齢化への対応は、なかなか難しいテーマです。

宮﨑 そうです。市場成長期は、関連の部品メーカーなども人手不足であり、弊社の人間も多く出向・転籍しました。しかし今は、再雇用にはそれなりのプロフェッショナル、専門性が不可欠。弊社も、50歳前のキャリア研修を、現業系、技術系、事務系すべてに対して実施しています。65歳までの人生をどう設計するか、個人的な財産面も含めて自身で考えてもらっています。親方日の丸的な考え方を改め、自ら付加価値を高めながら人生を切り開く意識が必要です。

大久保 ひと昔前は、60歳ともなれば子どもの教育も終わり、老後の生活資金の見通しも立ち、ハッピーリタイアメントという感覚でしたが、今では年金支給時期の問題も絡み、さらなる定年延長を期待する人が増えています。

宮﨑 働かざるを得ない人は確かに増えています。ただ60歳前後の人たちには、弊社内でも、ボランティアをしたいとか、畑仕事をしたい、いやもっと違う仕事をしたいといった個人的な道を選ぶ人が増えています。個人の幸せを考えると、定年を一律に引き上げるよりも、今の制度をしばらく続けたほうがいいような気がします。

大久保 高齢者の活躍先としては、具体的にどのような場所が考えられますか。

宮﨑 海外の現場はかなり有望です。現地化が加速し販売台数も増えているので、日本で経験を積んだ人材は非常に歓迎されています。定年後65歳までは海外の現場で人材指導にあたるという活躍パターンは、今後100人単位で増えていくのではないかと思います。毎年の自己申告でも希望をとり、既に70人近くが現地で活躍しています。新興国は指導のしがいもあり、中には、ずっと現地で頑張りたいという人も出てきています。

大久保 個の戦力化という意味でも、ミドルや高齢者の問題は大きい。

宮﨑 まずは専門性がないと。そのうえでのリーダーシップだと思います。トヨタで通用しているだけではダメです。市場での価値を意識しなければ。

大久保 日本ではゼネラリストという言葉が間違って伝わっています。語源的にはプロフェッショナルのレベルが上がって視界が広がった状態のこと。何でも屋ではありません。

宮﨑 そうですね。たとえば人事でも、工場人事、海外人事、労務、採用、教育などいろいろな領域を経験することで専門家になれるようローテーションを組んでいます。そのうえで、経理や生産管理、調達など別の柱を1つ、2つ持てれば、かなり組織のなかでやっていけるはずです。

大久保 専門性と副専門性が身につくような経験の積ませ方をするということですね。違う仕事を経験することは、1つの道を究めるにあたっても重要なことです。

宮﨑 ええ。客観的に自分の仕事が見られますからね。

現場シフトには決裁のスピードアップと権限委譲が不可欠

大久保 2011年、役員制度の改定が行われ本部長制にされました。そのねらいは?

宮﨑 役員の縦階層を減らし、決裁スピードを上げるためです。これまでは担当役員と専務の決裁が必要でしたが、今はほぼ本部長の決裁だけです。さらには部長にかなり権限委譲し、大部分のことは部長が決められるようにしました。

大久保 権限委譲を成功させるのは思う以上に難しいようです。1990年代後半、多くの企業がカンパニー制や執行役員制を導入しましたが、あまりうまくいきませんでした。同時に組織のフラット化も進め、執行役員が組織のマネジメントに煩わされ、結局単なる大部長のようになってしまったのです。御社は、社内コンセンサスを重視される会社ですから、権限委譲は馴染みにくいのではないでしょうか。

宮﨑 確かに、社内調整の多い会社だと思います。しかし、コンセンサスを重視しすぎると、誰が責任を持つのかというところがどうしても甘くなる。

大久保 そうですね。「自分が任されて、自分で決めた」と思えないと、人は真剣には考えないものです。

宮﨑 今後、現地主体の経営を進めていく上でも、従来以上に、従業員一人ひとりが、当事者意識やオーナーシップを育み、発揮しなければならない。そのためには、まず上司の「任せる」姿勢が大切。少々のことがあっても責任は持つという覚悟で任せないと下は育ちません。

大久保 決裁スピードを上げ、権限委譲によって自分たちで考えさせて組織全体の生産性を上げ、余力を戦略地域にシフトさせていくということですね。

宮﨑 リソーセスは簡単には増やせません。効率化すべきは効率化し、新しい市場、新しい商品開発に投下していくべきでしょう。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)