2020の人事シナリオVol.11 吉澤 和弘氏 NTTドコモ

成熟期こそお客様満足を重視。現場力アップが最重点課題

大久保 中期ビジョンで「変革とチャレンジ」を掲げています。人事面にブレークダウンすると、どのような課題になるのでしょうか。

吉澤 モバイル市場は成熟期に移行しています。契約数の大幅増を競う時代は終わりました。今こそ原点に戻り、お客様の満足を最も大事にする企業に変革していくことが大きなテーマになっています。おかげさまで2010年のお客様満足度調査では、個人部門でも1位を獲得しました。法人部門では既に3年連続で1位になっており、お客様に「ドコモでないと困る」と思っていただける企業にだいぶ近づけたのかなと思います。こうした状態を今後さらに向上させていくために人事面で求められるのは、現場力をいかに高めていくかということだと思います。私たちの販売活動は、ドコモショップを始めとして実際には代理店が行っています。ドコモ社員が行うのはそのサポートが主ですから、直接はお客様に接していません。そんななかでどう現場力を高めていくか。そこが今後の大きな課題になると思います。

客接点を意識的に増やし、現場力を養う

大久保 現場力とは、具体的にどのような力なのでしょうか。

吉澤 コミュニケーション力、提案力。そして、お客様の立場に立って考えられる力。これらを身につけられる職場は、ドコモの場合、ユーザーである企業に直接営業を行っている法人営業部門くらいです。ほかの部門はバックヤード意識が強く、どうも現場に対して腰が引ける傾向がある。たとえば、トラブルの原因がいちばんわかるのは自分だという場合でもなかなかお客様の前に出たがらない。これは私が法人営業部門を担当していた間、痛切に感じていたことです。すべての社員が、自分も常にお客様に接していると思ってものを考えていかないと、なかなかお客様満足度は向上していきません。

大久保 皆が顧客への責任を担っているつもりでやる。それが競合との差別化になるわけですね。

吉澤 おっしゃる通りです。自らお客様のところに足を運び「よく対応してくれた」という言葉をいただく体験をすると、お客様の信頼を得たことの喜びを、心底感じられるようになる。そういう体験を皆にしてほしいと思っています。

大久保 そのためにどのようなことが必要になるでしょうか。

吉澤 意図的に、お客様に接する仕組みをつくることだと思います。新入社員は技術系も含め、最低でも4カ月間ドコモショップで研修します。中堅社員に対しても、一部の課長クラスにはドコモショップ店長を経験させています。ネットワーク部門の技術者には、お客様からの申告の際は、48時間以内にお客様の現場に行くことを義務付けたり、コールセンターでは直接お客様と話すのは協力スタッフやスーパーバイザーであっても、管理者や本社社員が定期的に生の声に目を通す仕組みを設けたりしています。

潜在ニーズをつかむには、複数の現場体験が必要

大久保 コミュニケーション力も現場力の1つだと思いますが、その中身が最近は進化しているようです。「話す」ことで理解し合うという単純なものではなく、想像したり慮ったり、というように、相手の立場に立って自分のなかで考えることも併せて求められるようになっている気がします。

吉澤 そうです。お客様自身も気づいていない潜在的課題をいかにとらえるかがより重要になっています。でも、それは現場に行かないと絶対にわからないのです。

大久保 あるドコモショップでお客様のニーズを感じても、それは多様なニーズのごく一例でしかない。いくつか違う現場を経験させることも大事ですね。

吉澤 そのとおりです。幅広く経験することが大事。事務系についてはローテーションでいくつかの現場を体験させています。研究開発職は、新人時代のドコモショップ研修以降、なかなか機会がないのですが、今後はもっと積極的に販売店でお客様の声を直接聞く経験をする仕組みをつくっていくべきだと思っています。

管理職の意識改革とスマートフォン活用でテレワーク推進

大久保 御社は、ワークスタイルの改革に先進的に取り組んでいる企業という印象があります。吉澤様ご自身も、今後は労働時間の効率化やテレワークなど、働き方の自由度がより高まるとお考えですか。

吉澤 はい。2011年夏季の節電への取り組みは、さらなる推進へのトリガーになったと思います。18時以降エアコンが止まるからといって仕事のパフォーマンスを落とすわけにはいきませんので、1日の仕事の段取りやほかのメンバーとの仕事の進捗共有を徹底するなど、仕事の見直しに繋がりました。

大久保 週休日を月曜、火曜に変更したそうですが、育児中の社員の保育所問題などはどうクリアしたのですか。

吉澤 そうした社員は例外的に日曜、月曜を週休としました。火曜日はほかの社員が休日なので、在宅勤務です。これで在宅勤務利用率がかなり増え、従来から設けていた週1回のルールもあまり必要ないとわかりました。このあたりはもっと仕組みを改善していけそうです。

大久保 週に何日か在宅勤務しても、職場の混乱は起きなかったということですね。

吉澤 起きませんでした。上司は自分のすぐ近くに置かないとメンバーの管理ができないと思いがちですが、そんな支障は全然ない。仕事を始めるとき、終わるとき、その日の仕事内容など連絡のルールさえ徹底すれば、在宅勤務は十分可能です。

大久保 テレワークがなかなか進まない理由の1つはそうしたマネジメント意識の問題です。ですが、これはダイバシーティ(多様性)への対応とともに自ずと解決していくでしょう。もう1つの理由が情報セキュリティですが、こちらはスマートフォン、タブレットの活用が期待できそうですね。

吉澤 ええ。現在のスマートフォン、タブレットビジネスは、まだ営業活動支援ツールとしてのメニュー提供ですが、法人向けクラウドコンピューティングサービスやシンクライアント化(必要なアプリケーションやデータがすべてサーバ側に保存されている状態)が進展し情報セキュリティ管理が強化されれば、テレワークなど仕事の仕方も含めたメニュー提供も可能になっていくでしょう。

女性管理職育成に必要なのはロールモデルの発掘・共有

大久保 働き方の変革により、女性活用も促されると思います。女性管理職についてはいかがですか。

吉澤 執行役員に1人女性がいますが、管理職比率はまだ低い。しかし、新入社員についてはここ10年、女性を25~30%の割合で採用しています。

大久保 その世代がリーダーを担う年齢になったときどうなるか。そのためには若いうちから、将来の管理職として期待しているというメッセージ、成長する機会の提供が必要です。

吉澤 そうですね。あとはロールモデルをいかに増やすかでしょう。女性社員は、そばに女性管理職がいるかどうかで大きく変わる。すべての女性社員を女性管理職のもとに配置するのは難しいので、女性社員のフォーラムを開催し、そこに参加してもらう仕組みで補おうと考えています。具体的にはダイバーシティ推進室と連携した女性ワーキンググループ、「Win-D(ウィンド)」を立ち上げ、社長との対談や、ほかの企業を訪問して話を聞くなどの女性ロールモデルを共有する活動を進めています。ただ女性の場合、産休・育休、そして時短勤務などによる3~6年のブランクがどうしてもネックになりますね。人事としては、復帰後のパフォーマンスが高ければ、休職中も同等の力を発揮したとみなして、ブランク期間を勘案せずに昇格させるといった工夫はしていますが。

大久保 いちばん大きな壁はそこです。時間的な制約があると、マネジメントする側もつい重要度の低い仕事を任せてしまう。期待されないと人の成長は鈍くなるものです。

吉澤 ただ、よく話を聞くと些細な問題である場合も多い。たとえば、保育所が朝早く開所するので自分は8時半に出社できるのに会社が個人的なシフトを認めてくれない、というように。こうしたことは在宅勤務同様、マネジメントの工夫で解決できる問題です。もっときめ細かな対応をすることで、今から解決できる問題はまだまだあるのではないかと思っています。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)