Column

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昨今の技術革新のスピードはまさに驚異的であり、特に2000年代以降は、スマートフォンをはじめとする画期的な製品や新たなサービスが次々と登場し、企業活動から人々の生活に至るまで劇的な変化をもたらし続けている。特にITとコンピュータ性能の加速度的進化は、従来の時間的制約、空間的制約という壁を次々と取り払い、インターネットを介して世界中どこでも瞬時につながることができるようになった。必要ならばTV会議システムや、AR(拡張現実)技術によって、あたかも同じ場所で会議に参加しているかのような演出さえできる。大量のデータ解析もスーパーコンピュータを使えば瞬時に行え、新たなビジネスチャンスにつなげることもできる。私が社会人になった1980年代には想像もつかなかったことが次々と実現され、これらの技術革新が企業の生産性や人々の利便性向上に大きく寄与している。

さらには、AI(人工知能)の登場によって、これまで人が行っていた定型的な仕事、つまりアルゴリズムに置き換えられる仕事は、AIが次々と行うようになっていくだろう。しかしこれは、単純に人のやる仕事がAIによって奪われていくということでなく、より創造性や多様な経験に培われた社会的知性が求められる仕事に、人の役割が変化していくということである。技術の進歩によって、人が担う高度な仕事も新たに生まれ得る。

これから先、企業はこれら最先端のIT、AIを最大限活用することで経営効率を高める一方、人にしかできない領域を担う高付加価値人材を、どう確保し、育成し、活用していくかということが大きな課題になる。その前提に立ったとき、人事部門の役割は、単に給与計算や勤怠管理などの人事業務の効率化、自動化だけにとどまらず、時代の変化を捉えた人事施策の再構築、そして多様な働き方への改革を主導することであり、高付加価値人材を確保し、活躍してもらうことである。それが経営に資する人事であろう。

人事は最新技術を活用して、働き方改革を主導できるか
それを踏まえたうえでの1つの論点は、果たして人事部門は、先入観やこれまでの慣習にとらわれずに、最新技術を活用し、働き方の改革を主導できているか、である。

日本の人事制度の前提は、定期一括採用、年功型賃金、企業内人材育成などを通し、均質で優秀な人材が組織目標に対して集団戦で成果を出していくことだ。これは今でも脈々と続く、近代日本式職業文化と言ってもいいだろう。仕事のスタイルは、同じ時間、同じ場所に生身の人間が集まり、仲間同士侃々諤々議論をし、総意をもって事を進めるやり方であって、つまり顔を突き合わせて仕事をすることが最善であるという意識である。前述したようにITの進化によって、同じ時間に同じ場所に集わなくても会議でも何でもできる時代、にもかかわらずだ。同じ時間に同じ場所にいることが日本の働き方のベースであり、重視されるのは一体感とか連帯感で、そこにあるのは仕事への忠誠ではなく組織への忠誠なのかもしれない。

テレワークを例に挙げてみる。かなり前から制度自体は話題になるものの、導入企業は未だ10%にも満たない(「『多様で柔軟な働き方』の実態について(各種調査まとめ)」経済産業省2017年3月より)。ベンチャー企業や一部の大手企業が積極的に導入しているものの、結局、日本独特の働き方の壁によるものなのか、なかなか普及しない。導入するにしても細かな労働時間管理を求められるなど法規制で難しい点も多いし、集団戦が故に個人の職務をあえて明確にせず、“糊しろ”が多いという日本独特の仕事の与え方、成果のみに割り切れない評価制度、情報セキュリティの確保など、課題は山積している。しかし、それらは解決できない問題ではないのではないか。

テレワーク推進は、働き方改革のみならず、旧来の日本の労働観を打破する格好の材料
皆で同じ時、同じ場所に集まって仕事をすることが悪いわけではない。人が集い、触発されることでそこから斬新なアイデアやイノベーションが生まれることも多いだろう。時には直接顔を合わせ、肌感覚でコミュニケーションすることはとても重要だし、これからもなくならない。そもそも、製造現場や小売りの現場などではテレワーク自体が困難である。

ここで問いかけたいのは、これまでの働き方の常識へのこだわりがあるがために、テレワーク含む新たな働き方に対し、我々は妙な抵抗感を持ってはいないだろうか、ということである。そろそろ我々も、科学的根拠の乏しい精神論から脱却し、旧来の閉鎖的な“安心社会”的思考から、積極的に関係性を構築する“信頼社会”的思考へシフトするべきではないだろうか。

創造性や社会的知性を備えた高付加価値人材は、閉鎖的環境では生まれない。ホワイトカラーの仕事は、もはや時間と場所の制約を受けずに成果を出せる時代である。ここで例に挙げたテレワークの推進は人事にとって、働き方改革のみならず、旧来の日本の労働観を打破する格好の材料である。職務を明確にし、単純に成果のみで評価するという思考も広がるだろう。日本は少子高齢化の中、育児や介護などで制約を受ける人も増え、日本独特の根強い“転勤”文化もある。それによって不本意な離職や、休職せざるを得ない人も少なくないだろう。それらに対する一手として、ひいては企業の将来を担うかもしれない高付加価値人材に活躍してもらうためにも、この際人事が主導し実現させていくべきではないか。簡単に変わらないものは、半ば強引に仕組みを変えて、それによって意識変革を促すことである。

経営に資する人事であるために、科学的な視点を人材マネジメントに取り入れよ
2つ目の論点は、科学的な視点に立った人事の仕事ができているか、である。
幸か不幸か30年近く人事の仕事に携わってきたが、様々な技術革新によって会社の働く現場もずいぶん変わった。製造現場は自動化がどんどん進み、ほとんど無人でモノを作れる時代も遠くなさそうだ。研究開発部門では最新機器やスーパーコンピュータなども駆使し格段に効率を高めている。販売部門でもビッグデータによる販売予測やEコマースなど技術革新が進んでいる。

一方、人事部門を見るとどうか。前述の通り、給与計算や勤怠管理などの機械化によって自動化や効率化は進んだが、一部の企業を除き、最新技術を駆使するところまで至っていない。もちろん、人事は“人”を扱う仕事であるため、当然アナログな部分は残るし、人と直接向き合う仕事はまさに人事の本分である。メンタル対応やキャリアカウンセリングなど、経験に基づく熟練した人事担当者の力量はこれからも重要だ。

半面、技術革新は人事の仕事にもすでに大きな変化をもたらしつつある。例えば採用では、TV会議システムなどを使った遠隔面接や過去の採用データとAIを使った候補者絞り込み支援、表情などの画像情報による心理分析などである。配置の面では上司や人事の価値観や直観的な判断から、データに基づく最適候補の絞り込みをAIがサポートすることができそうだ。人材育成でも個人別の育成計画をAIがサポートすることができるだろう。

最近ではゲノムの研究も進み、DNAから個人特性などもかなりの確度で判定できるといわれている。究極の個人情報が、技術の進歩によって好むと好まざるとにかかわらず簡単に入手できる時代が来た今、当然、法やルールによる規制を急ぐべきだが、人事部門としても、それらをどう扱うのか議論を始めなければならない。テクノロジーと人事の融合が進んでも、最後に判断するのは人である。しかし、人事を“サイエンスする”ことで、ミスマッチ、アンマッチを減らすことができるなど、人材マネジメントの確度をより高めることができるだろう。
人事も古き時代の感性を捨て去り、経営に資する人事であるためには、技術革新とともに変化していかねばならない。

【参考図書】
・『Harvard Business Review 人工知能』(ダイヤモンド社)
・『AIの衝撃 人工知能は人類の敵か』(小林雅一、講談社現代新書)
・『安心社会から信頼社会へ』(山岸俊男、中公新書)
・『「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか』(宮川 剛、NHK出版新書)
・「働き方の未来2035報告書」(「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」懇談会、2016年)
・「『多様で柔軟な働き方』の実態について(各種調査まとめ)」(経済産業省、2017年)

 


プロフィール
狩野尚徳
キヤノン
人事本部 川崎人事部 部長
青山学院大学法学部卒業後、キヤノンに入社。本社人事部門に配属後、地区人事を経験後、フランス、オランダに駐在。帰国後、本社労政、人材開発部門を経て、2016年9月より現職。

2017年05月15日