才能を開花させた人たち03. 帝人 ニトリプロジェクトチーム チーム長 若杉理可氏

「前任者がいないからこそやりたい」
そんな思いで飛び込んで得たユーザー視点

若杉氏は、イギリスの大学を卒業したのち、英国の国際文化交流機関であるブリティッシュ・カウンシルに就職し、マネージャーとして採用面接などに携わっていた。だが、「日本企業で働きたい」という思いが募り、2003年8月に、女性総合職の採用に力を入れていた帝人クリエイティブスタッフ(現・帝人)に転職した。最初は国際人事室(現・グローバル人事チーム)に配属となり、数カ月を過ごしたのち、新たに立ち上げる「TEIJINくらし@サイエンス」という一般消費者向け通販サイトの店長に、社内公募制度を利用して応募。2004年5月に、その運営母体の女性活躍推進室(現・ダイバーシティ推進室)に異動となる。「前任者がいないからこそ、好きなようにできると思って手を挙げました」(若杉氏)。そのサイトは、素材メーカーの帝人が「女性のくらしを機能で便利にする」というコンセプトで、初めてユーザー向けに展開するネット店舗で、帝人の素材を使った商品だけでなく、コンセプトに合ったものなら他社商品も取り扱うというもの。担当は若杉氏一人。あとは、広告代理店や物流会社、システム会社などの協力会社のスタッフをパートナーとして事業を動かすことになった。HP作り、仕入れ、販売促進、物流手配、顧客のクレーム対応など、すべてを一人でコントロールすることになり「何一つわからなくて猛勉強しながら動きました(笑)」(若杉氏)。走りながら学び、学びながら実践し、その結果がすぐにサイトの売り上げやユーザーの声として返ってくる。時にはクレームの電話を長々と受けることもあった。一般的に帝人のような素材メーカーは、B to Bビジネスを行っているため、どうしても視点は素材のスペック、技術の優位性に集中しがちだ。しかし、彼女はユーザー向けのサイトの仕事を通じて、ユーザーの熱い思いに直接触れる機会を持ち、B to Bの先にある 完成品メーカーのユーザーまでを意識する B to B to Cの「ユーザー視点」を得ることとなった。

ショールームという新たな挑戦の場へ
帝人の持つ技術を体当たりで学び、社内ネットワークを築く

若杉氏はサイトの運営で一定の実績をあげたのち、2008年12月にマーケティング企画室(現・マーケティング戦略部)へ異動となり、4カ月後、同じ部門内の「テイジン未来スタジオ」というショールームの館長を任されることとなった。ショールームは、帝人の素材を完成品メーカーに知ってもらう「見本市」の役割を持っている。いわば、マーケティングの場であり、営業の場でもあるわけだ。当然ながら来訪するメーカーの技術者は、若杉氏よりも素材や化学の知識が豊富で、ここでもまた若杉氏は猛勉強を余儀なくされる。日々、館長として来訪者に帝人の主要な素材を紹介し、素材の使い方を具現化してみせる40分のツアーをスタッフと案内する。顧客のニーズをいかに引き出すか、顧客のつぶやいた言葉をどう現場につなげるか、試行錯誤を繰り返す。3年間で2000社以上の来訪者を案内するなかで、どこに何をつないでいけばビジネスになるのか、顧客の求める答えはどの部署のどんな技術にあるのか、キーマンは誰なのかなどを知ることになり、社内ネットワークが格段に広がっていった。

これまでの実績をすべて活かせる新たな役割
「ニトリプロジェクトチーム」を任される

帝人とニトリの共同開発は、2011年頃から各事業部が個々に進めており、すでにレースカーテンやランドセルなどで実績をあげていた。個々の事業部ごとに行うのではなく、窓口を一本化して新しい商品の開発に取り組みたいという機運が高まり、帝人とニトリが協業を強化するためのチーム、「ニトリプロジェクトチーム」を立ち上げることが決まった。そんなある日、若杉氏のもとに突然マーケティング担当役員から電話がかかってきた。「ニトリプロジェクトチーム」のチーム長をやってみないか、という話だった。前任のいない新規プロジェクトでのリーダー業務。これまで常に新しいこと、前任がほとんどいない場へ飛び込むことを楽しんでいた彼女は、迷うことなく引き受けた。こうして、2012年12月にプロジェクトチームが発足したが、プロジェクトチームといっても専任は若杉氏1人。残りの8人は兼任で、すでにニトリとの共同開発を担当してきたメンバーだった。彼女の役割は、ニトリと帝人の現場を横断的につなぐコーディネーターであり、それはまさに、ショールームの館長として経験してきたことであった。また同時に、ニトリが求めるユーザー視点を、彼女はサイト店長の仕事を通じて得ていた。ニトリで買い物をするユーザーが何を求めているのか、そこに帝人のどんな技術でこたえられるのか、まさに若杉氏にうってつけの役割だった。技術面では、スタッフのほうが知識も豊富であり年上のメンバーも多かったが、「遠慮していると何も動かないので、どんどんお願いし動いてもらいました」(若杉氏)。また、ニトリの店舗にも足しげく通い、現場の声を拾い、ニトリからの信頼を得ていった。年明けの2013年2月には、ホコリが出にくい寝具シリーズ「Nクリーン」の販売を開始。これが、ヒット商品となった。年間2つから3つの新商品を販売していくことを目指し、現在もチームメンバーと猛スピードで動いている。

いかに人を巻き込むか
多くの人に支えられて会得したネットワーク力

若杉氏の強みは、自分がハブとなって多くの人を巻き込み、人と人をつないで相乗効果をもたらすことにある。しかし、サイト店長の頃には「社内でB to B to Cといっても通じず、1人で悶々としていました」(若杉氏)というように、最初から人を巻き込む力があったわけではない。彼女にそのことを教えてくれたのは、社外ネットワークを複数主宰する武田清蔵氏だ。武田氏は、「人脈というのは必要となってから作ろうとするのでは遅い。いつも社外のネットワークを育てておくことが重要だ」と教えてくれた。また、武田氏の主宰する異業種交流会を通じて知り合った酒井直子氏は、子育てをしながら営業でバリバリ活躍している先輩で、企業社会のなかで女性として仕事をうまく進めていくためにはどうすればいいか、といったアドバイスをくれる。社内では、繊維のマーケッターとしてユーザー視点のある中嶋千佳子氏に、商品知識やバランス感覚などを学ぶとともに、常にそのバイタリティに励まされており、年下ながら原料の営業で活躍する山田順子氏からは、貪欲に情報収集し行動する姿から刺激を受けている。現在の上司、マーケティング最高責任者の荒尾健太郎氏からは立場で態度を変えないこと、顧客に誠実に向き合うことを常に教わっている。「わたしはいつも、最高のタイミングで、そのとき必要なことを教えてくれる人に出会っているんです」と語る若杉氏は、ネットワークの持つ力を誰よりもよく知っている。現在、新たに、部門を超えた女性たちによる、ユーザー視点を研究するためのチームが立ち上がっている。同社がよりユーザーの視点を知り、商品開発につなげていくために、若杉氏はさらに力を発揮していくのだろう。

(TEXT/柴田 朋子)