労働政策で考える「働く」のこれから100年キャリア時代の就業システム ―これからの「働く」と労働政策―

60年の職業キャリアから100年のライフキャリアへ

世界に先駆け超高齢化が進む日本では、1つの会社で60歳まで勤め上げ、引退する、そんなキャリアづくりは過去のものとなりつつある。60年の職業キャリアから、100年のライフキャリアへ。キャリアの築き方をあらためる時代になった。

100歳まで充実したライフキャリアを送るには、ライフステージに合わせて、今までよりも、もっと長く、もっと自分らしく、もっとフレキシブルな形で働ける環境が必要になる。このようなしなやかなキャリアづくりには、もっと速く学び、もっとスムーズにキャリアチェンジする環境も不可欠だ。

だが、100年キャリアの形成を支えるには、日本的雇用システムには機能不全があるといわざるをえない。日本的雇用システムはもともと、男性・正社員が定年まで「組織内キャリア」をまっとうするのに最適化された仕組みで、女性や正社員以外の雇用形態で、60歳より先まで働くことは、ほとんど考慮されてこなかった。男女の固定的な性別役割分業意識に縛られ、雇用形態による格差があり、60歳までと60歳から先の就業機会の落差が大きいのが旧来の日本的雇用システムである。

人生100年時代を迎えるにあたり、誰もが、もっと長く、もっと自分らしく、ライフステージに合わせてモードチェンジしながら、働くことができる、新たな就業システムが求められ始めている。

100年キャリア時代の就業システム

「働く」は、個人の就労ニーズと、組織の人材ニーズが合致したところで成り立つ。1970年代の高度経済成長期につくられた日本的雇用システムは、今でこそ批判もされているが、経済が拡大し、人口が増加し続けていた時代には、個人にとっても、企業にとっても、合理的な仕組みだった。雇用保障や企業内人材育成、経営と協調的な労使関係などに対しては、今もなお一定の支持がある。

しかし、それから40年以上が経過し、人口は減少に転じ、経済の先行きは不透明になった。今や、「働く」の前提条件は、高度経済成長期とはまったく逆だ。見通しのたつ将来に向けて、堅実なキャリア形成を支えた日本的雇用システムから、不確実な環境変化に順応できる、しなやかなキャリア形成を支える就業システムへの転換が必要になっている。
新たな就業システムを模索していく足がかりとして、ここで、リクルートワークス研究所が検討してきた「100年キャリア時代の就業システム」を紹介したい。

100年キャリア時代の就業システム

人口が減少に転じ社会の衰退が危惧される今後、個人の幸福なく企業の成長だけ、企業の発展なく個人の安心だけ、といった個人と企業の将来展望がトレードオフするような雇用システムの持続可能性は低い。個人の未来と企業の成長が好循環する仕組みを構築することが極めて重要である。

「100年キャリア時代の就業システム」では、個人の100歳までのキャリア形成と、イノベーションによる企業の成長が、以下のように循環していく。
個人は「キャリア自律」と自らの「人的ネットワーク」をもとに、「独立・起業」や「就職・転職」というキャリアトランジションを通じて組織に参画する。組織は「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)経営」と「プロフェッショナルの活用」により、多様な人材を活用することでイノベーションを持続的に生み出す。そのイノベーションを生み出す過程で、組織は「能力」の開発機会と「賃金」を人材に投資し、対価として分配する。個人はまた、こうして得た能力や収入を支えとして、次の挑戦に踏み出す。

「100年キャリア時代の就業システム」では、個人は組織の壁を越えてキャリアを形成し、企業は多様な人材の可能性を最大限に活かして発展する。そして、企業はその成果を個人に還元する。このような、個人の未来と、組織の発展が、循環していくWin-Win型の就業システムがあってこそ、不確実な環境下で、わたしたちは長きにわたってキャリアを築くことができる。

日本的雇用システムとの違い

日本的雇用システムにおけるキャリアトランジションとは、人生の節目で行われるものだった。しかし、100年キャリアの時代には、キャリアトランジションがもっと身近なものとなる。人生のさまざまな局面でキャリアトランジションがあることが当たり前で、潜在的なキャリアトランジションが、ある時期、仕事を変えたり、働き方を変えたりと、具体的な行動として顕在化するというのが、これからのキャリア形成である。

よって、「100年キャリア時代の就業システム」が、日本的雇用システムと最も違うのは、誰もが、いくつになっても、キャリアトランジションを通じ、新たな挑戦を始められる仕組みであるという点だ。

「100年キャリア時代の就業システム」では、個人が、「キャリア自律」としてキャリア形成の主導権をもつ必要性を示し、キャリア形成に大きな影響を与える家族や友人、人脈などの「人的ネットワーク」を重視する。これは、会社が人事権をもち、人間関係も会社の仕事関係に閉じている、日本的雇用システムとは対照的だ。

組織についても、同質性の高い正社員をマス管理し、職務への期待が曖昧な日本的雇用から、イノベーションを生み出すために、特定領域で高い専門性をもつ「プロフェッショナルの活用」を機動的に行い、「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)経営」により、多様な能力や志向をもつ人材を積極的に活かすものとしている。

さらに就業システムでは、個人のキャリアと組織のイノベーションをつなぐものとして、「就職・転職」と「独立・起業」といった、キャリアトランジションの環境整備にハイライトをあてている。長く働き続けるには、年をとってからも転職や再就業ができることが必須であるうえ、近年では高齢者の独立・起業が増加している。内部労働市場が高度に発達している日本的雇用システムではメインストリームにはなかった、転職や独立・起業に着目している点が特徴的である。

また、就業システムでは、日本的雇用では企業内で行われてきた人材投資と賃金の分配を、「能力」と「賃金」という形で明示した。企業内人材育成と企業内労使関係は、日本的雇用の優れた点であるが、人々が所属企業の外でも就業機会を探すようになると、今のままではそれらは十分に機能しなくなる。100年キャリア時代には、能力開発や労使交渉は、ある部分は個人が自分で、ある部分は社会の仕組みとして、再整備していくことが不可欠となる。

100年キャリアを支える労働政策

「100年キャリア時代の就業システム」をつくり出すには、社会・企業・個人それぞれのレイヤーで、さまざまな取り組みが求められる。リクルートワークス研究所では、就業システムの構築に向けて、5つの視角から労働政策にアプローチしていこうと考えている。

5つの視角とは、「労働法制」「予算・施策」「税・社会保障」「教育」「技術」である。労働政策の中核は、法律や政省令等の制定や改正である。個別の政策を推進するためには、企業に対する助成金や個人へのキャリア支援プログラムの拡充が有効だ。税制や年金制度などの社会保障は、就労と密接に関連している。自律的なキャリア形成とスキルの習得が求められる今後、教育の重要性はますます高くなる。テクノロジーはこのような取り組みを加速する。

労働政策の視界図

「労働法制」「予算・施策」「税・社会保障」「教育」「技術」はいずれも、これまでは固定的性別役割分業と日本的雇用慣行をベースに整備されてきた。近年、見直しが進められているが、まだまだ十分とはいいがたい。「100年キャリア時代の就業システム」という観点からこれらを総点検することで、新たな方向性が浮かび上がってくるだろう。

『労働政策から考える「働く」のこれから』では、100年キャリア時代の就業システムとこれからの労働政策のあり方について、研究員が持ち回りでコラムを執筆する。まずは、就業システムの8つのカテゴリーとして位置付けた、「キャリア自律」「人的ネットワーク」「独立・起業」「就職・転職」「D&I経営」「プロフェッショナルの活用」「賃金」「能力」についてまとめていく予定である。

「100年キャリア時代の就業システム」は、日本的雇用システムに代わる、次の時代の就業システムを議論し、検討するためにつくったものだ。リクルートワークス研究所では、今後の皆さんとの対話を通じ、われわれ自身の視界をクリアにし、現実味のある政策提言に結びつける努めていく。これからの就業システムと労働政策のあり方について、ご意見や感想を寄せていただければ、大変にありがたく思う。

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第1回テーマ「100年キャリア時代、転職を未来への「機会」にするために」 12/14掲載

中村 天江 (リクルートワークス研究所 主任研究員)