労働政策で考える「働く」のこれから女性の再就業に「効く」人的ネットワークは何か?

就業希望が求職活動につながらない問題

総務省「平成29年就業構造基本調査」によれば、非労働力人口のうち就業希望がある人は約860万人に上る。人手不足が深刻化するなか、就業希望者の再就業をいかに円滑にしていくのか、離職期間の有無に関わらず、人が生き生きと働ける環境を整備するのかが、政策的な課題となっている。

しかし現状では、現在就業していない人の再就業は必ずしも円滑ではない。上記の就業希望者のうち、求職活動を行わない人は約480万人と、半数以上を占める。求職活動を行わない理由はさまざまだが、自分に合った仕事が見つかりそうにないという諦めや、やりたい仕事がわからない、仕事の探し方がわからないなどの理由が多い※1

トランジションを支える要素としての「相談」

非就業から再就業への移行は、人が人生で経験する節目(トランジション)の1つといえる。トランジションのモデルを提唱したウィリアム・ブリッジズによれば、人がトランジションを経験する際には、それまでの「何かを終えること」と、新しい「何かを始めること」の間にある混乱や苦悩の時期(中立圏)をうまく通り抜ける必要がある。ブリッジズのモデルに従うならば、働く希望があっても動き出せない人は、諦めの理由となるような不安や、踏み出す先の見えなさにより、中立圏で立ちすくんでいるといえる。

このような混乱や苦悩の時期を通り抜ける助けになると考えられるのが、信頼できる相手への「相談」である。誰かに相談することは、それ自体が精神的なサポートとなる場合もあれば、自分の思考の整理や必要な情報の入手を通じて、より良い行動を促す場合もある。

ここで注意すべきは、どのような時、誰に対する「相談」が有効なのかという問題である。「キャリアは、自分と、『人的ネットワーク』の2つでつくられる」の回で紹介したように、「弱い紐帯の強み」理論を提唱したマーク・グラノヴェターは、転職においては、家族や職場の同僚のように毎日顔を合わせる人との「強い紐帯(Strong Tie)」よりも、学生時代の友人やかつての仕事仲間などとの「弱い紐帯(Weak Tie)」が有効であると指摘した。

しかし、再就業の場合に同じことが当てはまるとは限らない。たまにしか会わない人からの新規の情報よりも、家族や親族、地域の知人など、濃密な関係をもつ人への相談と、それによる安心感が大きな意味を持つことは十分考えられる。

家族や前の職場の知人への相談が求職活動を促す可能性

就業希望者のなかでも最大のシェアを占めるのは、有配偶女性である。そこで、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2018」のデータを用いて、就業希望のある54歳以下の有配偶女性※2を対象に、「求職活動を行っているかどうか」と「相談」がどのように関わりを持つのかを分析した(結果は図表1)※3。ここでは、相談相手として「家族・親族」「地域や近所の知人」「仕事や職場の知人」「学校や自己啓発の知人や教師」「趣味やスポーツの知人」「その他の知人」のそれぞれがいるかどうかを考慮している。

図表1では、統計的に有意な差が認められる変数の行を青で示した。係数のプラスの場合には求職活動を行う傾向にあること、マイナスの場合は求職活動を行わない傾向があることを示している。

結果をみると、相談相手に「仕事や職場の知人」がいる場合、10%の有意水準ながら、女性は求職活動を行う傾向があった。分析対象は現在就業していない有配偶女性なので、「仕事や職場の知人」は、かつての(離職前の)仕事を通じた知人を指すと考えられる。この半面、「家族・親族」「地域や近所の知人」「学校や自己啓発の知人や教師」「趣味やスポーツの知人」「その他の知人」は有意な差をもたらしていなかった

「かつての仕事や職場の知人」への相談は、「家族・親族」や「地域や近所の知人」など頻繁に顔を合わせる知人、あるいは「学校や自己啓発の知人や教師」「趣味やスポーツの知人」「その他の知人」などへの相談からは得にくい情報を提供していると考えられる。具体的には、育児と仕事の両立のノウハウや、希望する職種で求められるスキル、両立に対する最近の職場の状況などである。これらの「働くこと」に関わる一次情報が再就業への不安を和らげ、女性の再就業に有益な影響を及ぼしている可能性がある。

図表1 就業希望のある女性の求職活動に関する分析
※54歳以下の有配偶女性(既卒、社会人経験あり、過去に1回以上の退職経験あり)で、就業希望のある非就業者(内定者を除く)。
ロジット分析。**は5%有意水準、*は10%有意水準。
サンプル数=233。Pseudo R2=0.077
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2018」

再就業支援における一次情報の重要性

とはいえ、誰もが「かつての仕事や職場の知人」に相談できるとは限らない※4。したがって、かつての仕事や職場の知人がいない女性も、働くことに関する一次情報を入手できるようにしていくことが、就業を希望する女性の背中を「もうひと押し」していく可能性がある。例えば、子育て中の女性が活躍する企業に、採用ありきではなく話を聞ける場を設けることや、離職期間を経て再就業をした女性から直接、保育園での子どもの過ごし方、再就業した職場での注意点、両立のノウハウを聞ける機会をつくり、「働いたあと」の不安を解消しやすくすることなどが考えられる。

トランジションの形が違えば、必要な人的ネットワークも変わる

なお、若者の転職、中高年期の転職、病気離職からの復職、介護離職からの復職など、トランジションに関わる立場や状況が変われば、必要な人的ネットワークも変わってくる可能性が高い。精神的な支えを提供する強いつながりが必要な場合もあれば、刺激しあえるコミュニティが重要な場合もある。想定外の新しい情報が行動を促す場合もあれば、具体性に富む一次情報が安心感を生む場合もあるだろう。

政策面では、どのような人的ネットワークをもっていれば、人は様々なトランジションを実現しやすくなるのかを明らかにし、個々人が必要な人的ネットワークを構築することを支えることが有効だろう。同時に、人的ネットワークを通じて人が得ている支えを補完できるよう、情報提供や交流の場を提供していくことも重要である。

※1 リクルートワークス研究所 研究プロジェクト「誰もが履歴書の空白を経験しうる時代、『ふたたび、いきいき働ける』が個人と地域の未来を救う」参照。
※2 具体的には、54歳以下の有配偶女性(既卒、社会人経験あり、過去に1回以上の退職経験あり)で、就業希望のある非就業者(内定者を除く)を分析対象とした。
※3 ここでは従属変数が2値変数(求職活動あり=1、求職活動なし=0)の場合に、従属変数が1になる確率(係数はオッズ比として示される)を分析するロジット分析を行っている。
※4 図表1の分析対象女性のうち、「仕事や職場の知人」を相談相手として挙げたのは8.5%であった。

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中村天江
大嶋寧子 (文責)
古屋星斗

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次回連載 テーマ:「キャリア自律」 2018年12月公開予定