Column

「高度プロフェッショナル制度」、
見えているもの、見えていないもの

 

本年7月、働き方改革関連法案が成立した。そのなかには、高度プロフェッショナル制度※1 といわれる、労働時間制限の例外規定が盛り込まれた。労働者それぞれの事情に応じた多様な働き方を推進するため、高度で、一定額以上の年収を有する労働者に適用される労働時間制度 ※2 を創設するという趣旨がうたわれている。

運用ルールについては今後具体的に定まっていくが、法成立後に厚生労働省が作成している概要資料によれば制度の大枠は以下のとおりとなっている。

●一定の年収(少なくとも1000万円以上)を有する労働者が、高度の専門的知識を必要とする業務に従事する場合
●年間104日の休日を確実に取得させることなどの健康確保措置を講じること、本人の同意などを要件として、労働時間、休日、深夜の割増賃金などの規定を適用除外とする

さて、この制度の運用の議論を始める前に、高度プロフェッショナルとみなされうる労働者の実態をつかむ必要がある。法成立に至るまでの議論においては実態的なデータが不足している面があり、データによる検証が求められよう。今回、リクルートワークス研究所の「全国就業実態パネル調査 」※3を用いて、対象となり得る“年収1000万円以上の労働者”の特徴を整理し、運用上の課題の明確化を試みたい。

 

「高度プロフェッショナル」=長時間労働というわけではない

高度プロフェッショナルとはどんな個人なのかを確認するにあたり、企業等に勤務する労働者(被雇用者)に限定し、ほかの年収帯、ここでは、200万~600万円未満、600万~1000万円未満の層を比較対象として整理する(図表1)。

図表1 年収別 労働者の特徴の整理

① 平均労働時間は45.3時間であり、ほかの年収帯より少々長いものの大きな差はないことがわかる。
② 日本的雇用システムが残るなか当然ともいえるが、1000万円以上の労働者の年齢は高い傾向にある。
③ また、男性が多い。
④ 居住地では、年収1000万円以上の労働者のおよそ半数は首都圏に住んでおり、ほかの年収帯よりその割合が高い。
⑤学歴では大卒以上が多い。

以上のように、高度プロフェッショナル制度の候補者 ※4は、首都圏など都市部に住まう、大卒以上の、男性中高年、という個人の層を中心として形成されている状況にある。

 

仕事には肯定的でストレスも少ない傾向。
ただし4割は「自分で仕事のやり方を決められない」

では、仕事に対してはどのように向き合っているのだろうか。ほかの年収帯と比較すると、高度プロフェッショナル制度の対象となり得る労働者は、仕事に対して肯定的に向き合っている者が多いことがわかる(図表2)。他方で、「自分で仕事のやり方を決めることができた」という回答は60.8%と高い水準にはありながらも、その他の約4割の者が「自分で決められる」と回答していないことに注意が必要である。

図表2 仕事の満足度合いに関する指標

仕事のストレスに関しては、600万~1000万円未満帯の者とほぼ同水準かやや低い状況にある(図表3)。年収が高い者は比較的裁量が大きく、それが仕事への満足感を生み、ストレスを軽減させていることは間違いないようであるが、ここでも留意する必要があるのは、4人に1人は「処理しきれないほどの仕事であふれていた」、「ストレスによって精神的に病んでしまう人が頻繁に発生」と回答していることである。

図表3 仕事のストレス関係の指標

この“全体の傾向としては制度の理念と整合的だが、個別に見た場合大きな問題を孕んでいる”というのが、高度プロフェッショナル制度の運用を議論する際のスタート地点といえるだろう。

では、どういった企業に“大きな問題”は潜んでいるのだろうか。より精緻な分析を試みたい。

 

注意すべき、「大企業、営業職、中堅社員」

高度プロフェッショナル制度の対象となり得る年収帯の者(以下、単に「対象者」)のなかで、仕事量の多さに問題を抱えている(「処理できないほどあふれている」)個人が、どの程度の割合を占めるのかを整理した(図表4~7)。

まず大企業の対象者のほうが問題を抱えている可能性が高い(図表4)。また、業種としては製造業においてその可能性が高い(図表5)。職種では、営業職において問題を抱えている傾向がほかの職種と比較して著しく高い(図表6)。役職は、課長~係長・主任クラスにおいて高い傾向を示している(図表7)。

図表4 企業規模別 高度プロフェッショナル制度の対象者で、
仕事が処理できないほどあふれている者の割合

図表5 業種別 高度プロフェッショナル制度の対象者で、
仕事が処理できないほどあふれている者の割合

図表6 職種別 高度プロフェッショナル制度の対象者で、
仕事が処理できないほどあふれている者の割合

図表7 役職別 高度プロフェッショナル制度の対象者で、
仕事が処理できないほどあふれている者の割合

図表4~7で押さえた要素について、分析をより精緻にするために重回帰分析を行った。被説明変数を「処理しきれないほどの仕事であふれていた」度合として、「あてはまる」と回答した者を5、「あてはまらない」と回答した者を1とし、5段階の整数で区分している ※5

分析の結果は図表8のとおりである ※6。1000万円以上の年収帯において「大企業、営業職、中堅社員(課長、係長・主任クラス)」といった個人が、仕事があふれている度合に対して有意に正の影響を与えている、つまり仕事があふれやすい、業務量超過という問題を抱える環境となっていることがわかった(なお、図表5で「製造業」も取り上げたが、これは製造業企業の従業員規模が、製造業以外の規模と比べて大きいことにより現れた、見せかけの相関であると考えられる)。また、労働者の年齢は高くなるほどあふれる度合が軽減され、週労働時間は長くなるほどあふれる度合が高くなることが確認された。

図表8 “「処理しきれないほどの仕事であふれていた」度合い”
を被説明変数とした重回帰分析結果のまとめ※7

 

「高度プロフェッショナル制度」運用開始に向けたインプリケーション

「多様な働き方」を追求する高度プロフェショナル制度であるが、労働時間管理の枠外に置かれるという特殊性からも、対象者の過半数は問題がないのでOK、ではなく、問題がある環境にいる者をいかに保護するかという観点から運用する必要がある。

その際に、今回見たような、問題が特に顕在化しやすい環境が現実に存在しており、そういった環境で働く者は労働時間が長時間化する可能性があることを認識する必要がある。顕在化しやすい環境には「大企業、営業職、中堅社員」などの特性があることがわかった。これは、年収1000万円という線引きを行った際に、高年収の割に仕事の進め方などについて自己裁量の小さい個人が偏在していることを示している。

運用にあたってはこうした状況に対して、個別具体的に実態を把握し、制度適用撤回にあたっての根本的な支援措置(受付型の窓口にとどまらないプッシュ型の相談窓口創設など)を講じる、または対象者のうち特に問題が顕在化しやすい結果となっている若年層や中間管理職・管理職に準ずる社員について、運用ルール上の区分わけをしてより厳格に対応するなど、実情に沿った制度運用が求められよう。

高度プロフェッショナル制度は、社会の全員が活躍できる新しい就業システムの時代に向け、労働者一人ひとりの状況に合った労働制度づくりの第一歩になることが望まれている。その第一歩が、年収という一律の線引きによるルールとなることは、適切な運用からかけ離れた結果となる可能性があることを十分に鑑みる必要があるだろう。

 


※1 正式には「特定高度専門業務・成果型労働制」
※2 働き方改革関連法 法律条文、理由などより
※3 調査前年1年間の個人の就業状態、所得、生活実態などを調査し、全国の就業・非就業の実態と変化を明らかにすることを目的として、全国15歳以上の男女を対象とし、毎年1月に実施。標本設計は、総務省統計局「労働力調査」を基に、性別、年齢階層別、就業形態別、地域ブロック別、学歴別の割付を行い実施。2018年調査は 50677サンプル
※4 高度プロフェッショナル制度の対象者となる労働者は、今後議論されることとなるが、厚生労働省の資料によれば、「金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務(企業・市場等の高度な分析業務)、コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案又は助言の業務)、研究開発業務等」が想定されている。今回分析対象とする年収1000万円以上の個人には、機械や電気・電子等を中心とする研究開発職、経営・会計コンサルタント、証券アナリストや金融専門職、その他の専門職による回答によって構成されているものの、制度の対象との関係で完全に対象と推定される個人に限定されているわけではない点には留意が必要である。
※5 分析のモデルについては以下のとおりである。
“処理しきれないほどの仕事であふれていた度合”=
F(①個人属性、②就業先企業属性、③職種・役職)+u(誤差項)
このモデルにおいて説明変数は、①個人属性に関して、“回答者の年齢”、“性別”(男性=1とした男性ダミー)、“週労働時間”、“雇用形態”(正規の職員・従業員=1とした正規雇用ダミー)を変数にとる。②就業先企業属性に関して、“就業先企業規模”(単位:千人)、“業種”(製造業=1とする製造業ダミー)をとる。また、③職種・役職に関して、“職種”(営業職=1とする営業職ダミー)、“役職”(課長クラス及び係長・主任クラス=1とする中堅ダミー)をとる。対象はこれまでと同様に、企業・組織から雇われている就業者、かつ年収が1000万円以上の者としている。
このモデルにおける分析結果の予想は、週労働時間については多くなるほど仕事であふれている度合が高まる正の影響が想定される。雇用形態についても正規社員は、より業務量が多い傾向があるといわれ、正の影響が想定される。また、図表7~10を踏まえると、企業規模は大きいほど仕事があふれており正の影響、製造業ダミー、営業職ダミー、中堅ダミーについても回帰係数の符号が正となることが想定される
※6 分析結果(詳細は以下脚注※7を参照)については、個人属性に関する変数である年齢、性別については、これは年齢については1%水準で負に有意であった一方、性別について有意な影響は観察されなかった。年齢が若くなるほど、仕事があふれている傾向にあることや、業務量のコントロールが若手ほどしにくいことを示唆している。ほかの説明変数については概ね予想どおりの結果であるが、予想と異なった部分については、まず、職種や役職をコントロールすると正規雇用ダミーが有意でなくなることが観察されている。雇用形態はこの年収帯において仕事があふれる度合に直接関係はなく、むしろ職種や役職(営業職や課長・係長クラス)に注目することが重要であることを示唆している。また、製造業ダミーについても有意でなかった。これは、製造業で働く者の就業先企業の従業員規模が、製造業以外で働く者の規模と比べて大きいことにより、図表5のような結果は製造業という業種の影響ではなく製造業における大企業比率が高いことが原因であると考えられる。
※7 分析結果の詳細は以下の通り。図表8はモデル(3)の結果を整理したもの。

 

 

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中村天江
大嶋寧子
古屋星斗(文責)

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2018年09月19日