労働政策で考える「働く」のこれから「賃金」が生み出す、新時代の“好循環”

「賃金」を個人の成長、組織のイノベーションの元手に

初回コラムで提示した「100年キャリア時代の就業システム」。今回は、そのシステムを構成する8つのカテゴリーの1つである「賃金」に注目する。

組織が個人に分配する「賃金」によって、個人は生計を立て、さらには新たな学びや人的ネットワークの形成など、自己への投資が可能となる。

図表1 100年キャリア時代の就業システム

30年間、賃金が増えていない日本

100年キャリア時代の「賃金」を考えていくにあたり、まずは、賃金の現状を整理したい。我が国の民間平均給与額は2016年で421.6万円であるが、これは約30年前と同じ水準である。ピークは、20年前の1997年(467.3万円)であり、この水準を20年間超えられていない。ただし、近年は上昇傾向にある。(図表2)

図表2 平均給与の推移(民間給与実態統計調査より)
出所:国税庁「平成28年分民間給与実態統計調査」(1年を通じて勤務した給与所得者の平均)

国際的に、賃金上昇率も分配率も低い日本

賃金の平均値の推移には雇用の非正規化の影響があるといわれるが、国際的に見ても、日本の平均賃金の停滞状況は顕著な特徴である(USドルベースで、1990年に約3万8000ドル、2016年は約3万9000ドル)。(図表3)

図表3 平均賃金の国際比較(USドルベース、OECD統計より作成)
出所:OECD主要統計、平均賃金(Average wages)より作成

また、我が国の労働分配率は67.6%で、米国67.0%、ドイツ67.9%と同じ水準、フランス73.8%、スウェーデン72.9%といった国と比較すると低い水準にある※1。労働分配率は各国ともに低下傾向が続いているが、特に、我が国の労働分配率を大企業に限っていえば43.5%となっており※2、収益が個人に十分に分配されているとは言い難い状況である。

雇用形態・性別・企業規模による賃金差

賃金のいくつかの特徴についても簡単に触れていきたい。

まず、正社員と非正社員の間の差の存在である。時間単価で比較すると、正規社員を100とした場合、非正規社員は57.1となっている※3。同一労働同一賃金の問題として政策対応が取られたのは記憶に新しいだろう。

次に、男女間の差に触れたい。フルタイム労働者の平均でいえば、女性は男性の73.0%の水準となっている※4。性別によって雇用形態や職位、職種にも偏りがあり、これらが賃金差を広げる要因にもなっている。こうした男女間の差に対して、賃金の伸び率は女性が2年連続で男性を上回っており、2016年の差(男性100.0に対して女性73.0)は1976年以降で最小となっている。これは、役職者に占める女性の割合が過去最高(9.3%)となったことなどが好影響を与えている。

また、企業規模別の差も大きい。日本における企業規模間での賃金の現状は、従業員数1000人以上の企業を100とした場合、100~999人の企業では81.5、99人以下の企業で72.6となっている※5。企業規模の違いによって2~3割程度の賃金格差が存在する。

表 日本の賃金における差のまとめ
(大企業は1000人以上、小企業は99人以下)

取り上げたもの以外にも、日本の「賃金」は、現代において合理的とは言い切れないいくつかの問題点を抱えている。「賃金」をとりまく問題点は、100年キャリア時代においては、組織から個人へ提供する経済的リソースの量に不合理な差が生じることを意味し、冒頭に述べたような「賃金」を起点とした好循環が生じにくい状態に陥る可能性を示唆している。

「賃金」の問題は、近年取り組まれている賃上げ要請や、働き方改革・生産性向上の文脈でも大きく取り上げられているテーマの1つである。しかし、こうした100年キャリア時代の好循環に向けては、現下の「賃金」の構造が生む問題点や、配分システムの制度疲労など、さらに乗り越えるべきと考えられる課題は多い。

「賃金」の4つの論点

好循環の実現に向けて、あるべき「賃金」の姿を追求するために乗り越えなくてはならない問題は何だろうか。

第1に、企業規模による賃金差の問題である。雇用形態や性別による待遇差に政策対応が取られているのに対し、古くから「二重市場論」として知られる、企業規模による賃金格差は、今なお緩和の目途が立っていない。個人の能力や経験が同じでも、属する企業の規模が異なれば賃金には差が生じてしまうという規模間の差は、個人のキャリアづくりの阻害要因となりはしないだろうか。

第2に、賃金を上げるための仕組みづくりが必要な点である。日本だけでなく世界的に見ても賃金が上がりにくい構造になっている。主要因として、グローバル化による賃金圧縮圧力、テクノロジーの進展による中間層の雇用喪失、コーポレートガバナンスの変化による労働コスト削減がある。こうした動きに対応するために、賃金を底支えするための政策的な対応が必要である。

第3に、賃金体系に家族の生活保障の観点が組み込まれ続けている点である。家族手当、特に配偶者手当については支給にあたり配偶者の年収上限が設定されていることが多い。この上限は配偶者(多くは女性)の就業調整を招いており、配偶者のキャリア選択に制限を加える要素となってしまっている。

第4に、労使による賃金交渉のあり方である。近年、企業内の集団的労使関係の枠組みをこえて、政府による中央レベルでの労使交渉の動きが顕在化している。さらに100年キャリア時代に働き方が多様になればなるほど労働条件は個別化し、個人レベルの労使コミュニケーションの重要性が高くなることが予見されるものの、そのための環境整備についてはスタートラインに立ったばかりである。

適正な「賃金」分配から始まる好循環

100年キャリア時代の就業システムが好循環を起こしていくためには、適正な「賃金」により強くしなやかに個人が成長する。その個人がキャリアトランジションの機会を経て組織に参画をし、組織においてその成長を元としたイノベーションが生み出され、イノベーションにより生まれた利益を活用して組織が個人へと投資・分配をすることによりさらに「賃金」が増える。100年キャリア時代の就業システムで描かれるのは、こうした適正な「賃金」を起点とする好循環である。

この好循環を阻む4つの論点、
(1)企業規模別の賃金格差
(2)賃金を上げるための仕組みの強化
(3)性別役割分業にもとづく家族の生活保障が賃金体系に組み込まれ続けている問題
(4)賃金交渉の新たなカタチの萌芽
について焦点をあわせる。

各論点を掘り下げるとともに、その解消に向けた糸口を示し、100年キャリア時代にあるべき「賃金」の姿を指し示していきたい。

※1:労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2017」
※2:財務省「法人企業統計調査 平成29年4~6月期」(資本金10億円以上の企業)
※3:厚生労働省「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会中間報告参考資料」(賃金構造基本統計調査2015年、正規社員については6月分の所定内給与額を6月の所定内実労働時間数で除して時間単価を算出したもの)
※4:厚生労働省「男女間の賃金格差解消に向けて」(一般労働者、2016年)
※5:厚生労働省「労働統計要覧」(企業規模別所定内給与額、きまって支給する現金給与額)

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中村天江
大嶋寧子
古屋星斗(文責)

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