Column

 

転職が当たり前の社会で
能力開発は企業主導のままでいられるか

このように社会に出てからの人のスキルアップは、現在においても企業が実施・支援ともに中心となっている状況がある。転職が増える時代において、企業の役割をどう考えればよいだろうか。

転職が容易になれば企業が能力開発、人材の育成を行う直接的な意味を喪失する。人材育成上の問題を抱えている企業のうち、43.8%が「人材を育成しても辞めてしまう」ことを問題点として挙げている※9

また、能力開発について企業が支出する費用について2006年と2016年を比較すると、企業の教育訓練費は1,541円から1,008円へと低下しており、給与以外の労働費用に占める割合でも1.8%から1.3%へと低下している※10。転職が当たり前の時代においては、企業主導の能力開発は当たり前ではなくなっていくのだろうか。

 

転職の一般化が企業の能力開発を再定義する

とはいえ、転職するなら企業は一切能力開発しない、とはなりがたいし、企業の役割を全て公的支援で担うことも現実味がない。ことの本質は、これまで企業が大部分を担ってきた能力開発機能を再構成する必要があるということである。

転職による人材の流動性が高まっていく今後、能力開発の主体とコストを誰がどのように分担するかは、100年キャリア時代には避けて通ることができないきわめて重要な課題となる。長期雇用の社会において、企業が果たしてきた能力開発の機能を分解して、ある部分は個人が、ある部分は公的に、そしてある部分は引き続き企業が担うような、能力開発の機能を再構築する必要に迫られているといえるだろう。

たとえば、企業横断的な転職が一般化するなかで、企業横断的な学びプログラム構築も求められていく。大学などが行っているリカレント教育プログラムのうち企業が評価できるものについては、企業が講師を派遣するなどインタラクティブなプログラム構成にしたうえで、企業の能力開発の一環として取り入れる。つまり、直接的なコストは企業が負担するが、コンテンツ開発や学習環境構築を一定程度公的な部門が担うといったような設計も可能である。

 

企業の能力開発力が、転職の重要尺度に

また、企業における能力開発投資の意義を再考する必要もあるだろう。議論の方向性の一つには、能力開発自体が可視化される仕組み作りがある。育てるだけ育てた個人が別の企業に転職してしまうのであれば、誰しも人材への投資を行わない。

能力開発への投資によって育成された人の力で直接的に業績が向上するということのみならず、投資自体が労働市場への訴求力となり人材獲得や定着に繋がる。たとえば求職者が企業の能力開発投資を評価するための制度づくりは必要な1つの要素である。

 

企業と個人の関係が問い直される

転職による人材流出をどう考えるかという問題は、企業と個人の関係性の再定義にほかならない。従業員への投資が企業の強さに繋がる、という長期雇用のなかでは容易に繋がった連環は、転職が当たり前の社会ではシンプルには繋がってくれない。人材が流動的な海外では、企業は優秀な人材の引き留めに大変なパワーをかけている。新たな仕組みづくりについて、議論を深めていく必要があるだろう。

 

※1:Porter, L.W., Steers, R.M., Mowday, R.T. & Boulian, P.V. (1974), Organizational commitment, job satisfaction, and turnover among psychiatric technicians.
※2:山本寛(2008)『転職とキャリアの研究』 など
※3:厚生労働省 (2016)「能力開発基本調査 平成28年度」 「企業主体である」「企業主体に近い」の合算、正社員対象
※4:同調査 「自分で職業生活設計を考えていきたい」「どちらかといえば、自分で職業生活設計を考えていきたい」の合算、正社員対象
※5:同調査 自己啓発を行いかつ費用の補助を受けた者のうちの割合
※6:リクルートワークス研究所 (2017)「全国就業実態パネル調査2017」
※7~9:厚生労働省 (2016)「能力開発基本調査 平成28年度」
※10:厚生労働省(2006、2016)「就労条件総合調査 平成18年、平成28年」

 

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次回 『「高くつく転職」を生む隠れた制度』 12/22公開予定

2017年12月21日